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●ペルセポリス

アジア アジア AD 

 ペルシアの都の意。ダリウス1世 Darius(大王)以後,アカイメネス朝の首都となり,大テラスの上に百柱殿と呼ばれる大宮殿が建てられた。世界各国の使節が貢物を携えて訪れたが,これは使節接見のため営まれたらしく,実際の首都はスサ・バビロン・エクバタナなどにあった。前330年,アレクサンドルによって破壊されたが,なおしばらくペルシス州の首府であった。イスラーム征服(6世紀)とともに中心はシラーズに移った。ダリウス以後3代にわたって造営された大遺跡は西南アジア最大の規模であり,イラン建国2,500年の式典もここで挙行された。王宮の背後,タクティ=ジャムシッドの丘に三つの岩窟墳墓があり,アルタクセルクセス2世・3世・ダリウス3世のものとされ,ペルセポリス北北東8マイル(約12.8km)にある四つの岩窟墳墓はダリウス1世クセルクセス1世アルタクセルクセス1世,そしておそらくダリウス2世のものと推定されている。この遺構はその規模の大きさによって観光の対象にもなっているが,古代オリエント文明の総合的・集大成である点,また膨大な「宝蔵文書」がペルシア帝国,オリエント支配に投げる光明などから,きわめて貴重なものである。