●ペルー
南アメリカ ペルー共和国 AD
南アメリカ大陸西部の共和国。西は乾燥した太平洋沿岸から,アンデス山脈の中央部,東はアマゾン川流域の森林地帯にひろがる国土をもつ。アンデス高地には,インディオが多く居住し,太平洋岸の乾燥地には,灌漑による農耕地が開け,都市が発達している。住民の大部分がインディオと混血のメスティーソであり,白人は少ない。日本人は1899年から移住し,現在は7万人の日系人をかぞえる。【歴史】13世紀ころより,インカ帝国がクスコを中心に勢力をのばしたが,1532年,スペイン人ピサロによって滅ぼされた。首都リマは,1542年に副王庁がおかれ,南アメリカ大陸のスペイン植民地の中心地となった。ペルー副王領には,鉱産資源が集中しており,16,17世紀を通じて植民地の富を集めた。17世紀の末に支配地域は減少し,鉱産物の減産と通商の独占権の喪失によって凋落した。
1821年,サン=マルティンの進撃によって,ペルーは独立を宣言した。独立後は,国内戦争などによる混乱がつづいたが,1844年,ラモン=カスティーヨ将軍が大統領になって,政治的に安定した。その後,グァノの生産の発展により,国の財政は好転し,公共施設・交通網が充実され,黒人奴隷制・インディオの徴租制も廃止されたが,硝石資源をめぐってチリと戦って敗れ,アリカ地方を失った。
20世紀の初頭のパナマ運河の開通は,ペルーの経済・社会に大きな刺激を与え,アメリカ合衆国の資本が流入し,経済発展がつづいたが,都市生活者,中産階級,インディオの生活は改善されなかった。1920年代には,アヤ=デ=ラ=トーレのアメリカ革命人民同盟(アプラ,APRA)などの運動がおこり,土地改革,労働組合の組織化,社会福祉の向上,資源の国有化などが主張された。第二次世界大戦中は連合軍側に立ち,水力発電や灌漑計画,資源開発,工業化をすすめた。
第二次世界大戦後は,アメリカ合衆国の技術援助や融資が拡大し,チンボテ製鉄所の建設や鉄道,高速道路の拡張をすすめ,鉱産物資源の開発のための外国資本を積極的に導入した。この間,保守派と APRA 党との確執がつづき,1962年には,軍部はクーデタをおこしてこれを阻止した。1963年,ベラウンデ=テリー中道左派政権が生まれたが,公約した土地改革は進展せず,石油資源開発間題での利権設定などの問題が深刻化し,1968年,ファン=ベラスコ将軍によるクーデタによって倒された。この左翼軍事政権は,米系の石油会社の国有化をはじめ,土地改革,資源国有化などの社会主義的政策をすすめたが,経済情勢は悪化したため,国民からの非難がおこって退陣し,1980年の選挙ではベラウンデ=テリーが再び大統領に返り咲いたが,経済情勢の悪化が続き,1985年には,アラン=ガルシア大統領が当選して,APRA党がはじめて政権を握ったが,左翼のゲリラ活動が活発化している。
【インディヘニスモ】スペインによる征服以来,社会の最底辺に位置してきたインディオに対して,知識人や学生のあいだから,原住民の権利と尊巌をとりもどす運動がおこった。これがインディヘニスモと呼ばれる運動である。この運動の先駆者,マヌエル=ゴンサレス=プラダは,インディオ社会をいかに国民生活に統合するかが近代国家形成には不可欠であるかを提唱し,マルクス主義者,ホセ=カルロス=マリアテギは,土地問題を中心にインディオ共同体と社会主義を結びつけて発展させる道を説いた。またアヤ=デ=ラ=トーレは,1923年にアメリカ人民同盟(APRA)を結成し,帝国主義に反対するラテンアメリカの政治的統合を説き,インディオの権利回復を主張したのである。このインディヘニスモは,政治的運動としてのみならず,文化的運動としても現代のペルーに大きな影響を及ぼしている。
【文学】19世紀末ごろから独自の文学が発展し始め,リカルド=パルマの『ペルーの伝説集』,フランシスコ=ガルシア=ガルデロンの『大陸創造』,インディオの悲惨な状況を描いたクロリンダ=マットー=デ=トゥルネルの『巣のない小鳥』などが生まれた。1960年以降の発展期には,マリオ=バルガス=リョサの『都市と犬ころ』『世界終末の戦争』などがあげられる。
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