●ペリー
北アメリカ アメリカ合衆国 AD1794
1794〜1858 アメリカ海軍将官。1809年,海軍に入り,1841年,ニューヨーク海軍工廠長となって各種の改革にあたり“蒸気海軍の父”と称せられる。1852年,東印度艦隊司令長官兼遣日特派大使に任命され,ケープタウン,セイロン,香港,那覇を経由,蒸気型2・帆前型2,計4隻の軍艦をひきいて1853年(嘉永6)6月3日浦賀に来航,これまでの外国使節とまったくちがう強硬な態度で大統領フィルモアの国書受領を要求してこれを実現,12日退去した。翌年1月,7隻の軍艦をもって再度来航し,武力を背景に開国を強要,日米和親条約の締結に成功した。しかしペリーの求めたのは,対日通商の即時開始というより,薪水補給に関する便宜供与を主とするもので,下田・箱館における必要品の有償給付にとどまり,修好通商条約をめざすハリスの努力をまたねばならなかった。その著『遠征記』は当時の日本側の状況をよく伝えている。〔参考文献〕大羽綾子訳『ペルリ提督遠征記』1947,酣燈社
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