●ヘラクレイオス1世 ヘラクレイオスいっせい
ヨーロッパ ヨーロッパ AD575
575〜641 東ローマ帝国(ビザンティン)皇帝(在位610〜641)。ラテン名はヘラクリウス。ヘラクレイオス朝(アルメニア朝)の建設者。同名のアフリカ総督の息子としてカッパドキアに生まれ,608年,フォーカス帝(在位602〜610)の暴政に対して反乱をおこした父の命でコンスタンティノープルを攻撃して帝を殺害(610),代って自ら帝位についた。治世開始10年間にササン朝ペルシアのため東方属州すべてを失った彼は,大規模な東方遠征を実施し,アルメニア,シリア,エジプトの返還を受けて帰国した(622〜629)。だが634年からのイスラーム教徒の帝国侵入により,せっかく取りもどした東方属州も次々と失われてしまった。内政面では,中央行政機構改革と並んで,屯田兵を基礎とした行政組織の軍管区制度(テマ制)を小アジアに導入した。宗教面では,エジプト,シリアなど東方属州が信奉するキリスト単性説問題で苦慮した。帝国のギリシア化に応じて,公用語をラテン語からギリシア語に変えた。