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●ベッヒャー

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1891 ドイツ帝国

 1891〜1958 ドイツの詩人。小説・戯曲も書き,評論も多い。ミュンヘンの区裁判所判事の息子として生まれる。学生時代に友人とともに雑誌「新芸術」発行。処女出版は1911年の『格闘する人,クライスト讃歌』。彼を有名にした詩集『崩壊と勝利』(1914)は伝統的なものすべてへの反抗にみち,当時の表現主義の世界観・言語観の宣言といえる。1917年にはロシア革命に感激,1918年,スパルタクス団,1919年,ドイツ共産党に入党。作品面でもそれまでの芸術家の孤独な苦闘を脱出し,労働者階級の立場から明確な闘争目標を立てた文学をめざす。詩集『王座の上の屍』(1925)とガス爆弾の問題を扱う反戦小説『ルイサイト』(1926)によって大逆準備罪で起訴されるが,国際世論の抗議で裁判は中止となる。1928年,ドイツプロレタリア革命作家同盟創設者の一人で,その機関誌「ディ=リンクスクルヴェ」の編集者として運動の指導的役割を果たす。1933年亡命。1935年以降1945年までモスクワで「国際文学ドイツ語版」の編集長として反ファシズム作家の幅広い結集をはかる。亡命中の彼の作品は故郷の風景や歴史上の人物をうたうソネットで,内容的にも形式面でも伝統と革新の統一を試み,ナチスの国粋主義に対抗して,ドイツの伝統の真の継承を唱える。詩集『幸福を求める者と七つの重荷』(1938)ほか出版。また自伝的小説『訣別。ドイツの悲劇第一部 1900〜1914』はその表題が示すとおり,自らの幼少期を語りつつ過去に別れを告げる作品である。1945年6月,ベルリンにもどった彼は「ドイツの民主的再生のための文化同盟」設立に尽力し,初代議長に選ばれる。1949年,ドイツ民主共和国建国にあたっては国歌』の歌詞をつくる。1954年から文化大臣。『詩の擁護』(1952)に始まる4巻の評論集ではマルクス主義に立つ文学論(芸術家の役割・古典の継承・社会主義ヒューマニズム)を展開。