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●平民新聞 へいみんしんぶん

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 明治期の社会主義新聞。[1]週刊「平民新聞」1903年(明治36)11月15日〜1905年1月29日。「万朝報」を退社した堺利彦,幸徳秋水らが発行し,社会主義運動の最初の機関紙的役割を果たした。石川三四郎,西川光二郎らが参加。発行所は東京府有楽町の平民社。だいたい,タブロイド判8ページだて。英文欄は,斯波貞吉,安部磯雄が担当,挿絵は平福百穂小川芋銭が協力した。第53号に「共産党宣言」を訳載し,しばしば発売禁止にあい,ついに発行停止となり全紙面赤刷りの第64号で廃刊。[2]日刊「平民新聞」1907年1月15日〜4月14日。1906年11月「新紀元」派と「光」派が合同して再興した平民社から発行された。1907年1月に結成された日本社会党の機関紙として,社会主義思想の大衆のなかへの浸透を目的として編集された。今日の新聞の大きさで,創刊号の12ページ以外はすべて4ページだて。日本社会党結社禁止後の4月13日に発行禁止となり,翌日の第75号で廃刊。