●兵農分離 へいのうぶんり
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室町後期から江戸初期にかけて行われた武士と農民との身分的・階級的・地域的な分離をいう。鎌倉時代以降,武士は文字通り武力の担い手となるが,平時はなお農業を営む存在であった。つづく南北朝の内乱,応仁の乱に始まる戦国の争乱期を通じて武器や戦術の発達もあって,武士は専門化し,社会的な優位性を強化した。すなわち,大名は家臣団の編成を進めるなかで,武士を農村から切り離して城下町に集中させ,検地と刀狩りによって,農民を土地にしばりつけ,身分を固定化して貢租の義務を課すとともに,農民が所持する武器・武具類を没収し,以後の所持を禁じた。検地はすでに16世紀ころから今川氏や後北条氏らの戦国大名によって始められているが,これを全国に拡大したのが豊臣秀吉であった。刀狩りは柴田勝家に始まるが,秀吉は方広寺大仏の建立にことよせて大々的に実施し,最も端的な兵農分離を実現,封建制度を確立させた。