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●平城 へいじょう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,南北朝時代の北魏の前期の都,今日の山西省大同市。漢代には鴈門郡の属県であった。古来から北方民族と中国王朝との対峙の場所であり,前漢の高祖が匈奴と戦って破れた白登山もこの近辺である。後漢末に鮮卑が南下して以来,おおむねその支配下にあった。4世紀に入って拓跋部が盛んになるとこの地方に進出し,定嚢の盛楽を北都,平城を南都と称した。398年(天興1)に珪は帝(道武帝)を称し,平城に都を定めて北魏を建国したのである。都の建設は中国風の都城建設を旨として,多くの漢人・諸部族・工人たちを強制移住させた。爾来,493年(太和17)に孝文帝が都を突如洛陽に移すまでの約100年間国都であった。当時の様子は,『水経注』に伝えるのみであるが,今日の玉河が内城と外郭城のあいだを通貫し,壮大な宮殿や寺院の建ちならぶ大都市であったことがわかる。しかし今日では,若干の古城のあとや宮殿のあとを伝える礎石によって往時をしのびうるにすぎない。