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●ペイシストラトス

ヨーロッパ ギリシャ共和国 BC 

 前6世紀のアテナイの僣主。前528〜前527年に没したことは明らかである。この時期のアテナイには,山岳党海岸党平原党の三つの党派が存在し,ペイシストラトスは山岳党の指導者で最も民主的であったといわれている。海岸党の指導者はメガクレスで穏健な政体を求め,平原党を指導したクルゴスは寡頭政を支持していた。ペイシストラトスはメガラとの戦いで功積をたてたのち,偽って自分の体に傷をつけて護衛兵を要求し,その力でアクロポリスを占領したが,追放された。その後,メガクレスの娘と結婚する条件で帰国したが,再び追放された。このときに,彼はトラキアパンガイオン金山で資金を得てアテナイに再上陸し,武力で政権を奪った。彼が僣主といわれる最大の理由はここにある。ペイシストラトスの政策は,自分の政策への批判を避けるために,都市への人口集中を阻止して農村に分散させ,同時に小農民の保護・育成をはかった。彼のこのような勧農政策は,不安定な非合法政権としての僣主政を安定化させることが主目的であったが,結果的には,手工業者・商人・鉱夫の利益を促進することによって,下層民の台頭,民主政への前進に役立った。