●文徴明 ぶんちょうめい
アジア 中華人民共和国 AD1470 明
1470〜1559 明代の画家・書家。初名は璧,字は徴明。のち字付けが行われさらに徴仲と字す。号は衡山。江蘇省蘇州長州の人。父林は1472年(成化8)の進士。温州知府で病死。自身は科挙にはことごとく失敗,一時歳貢生になり翰林院待詔となったが郷里に閑居。師沈周とともに文人画の再興に努力,呉派の領袖とされる。宮廷画院を中心とした院体派や大胆な筆法を喜ぶ浙派を排し,呉派の画法を確立した。元末四大家からさらに宋代の諸家にさかのぼって精神性を追求し,単なる素人画の域を脱して,文人画を完成した芸術とした。元末四大家のゲイサン※注1※の簡潔な構図や王蒙の明るい色彩を好み,平明で親しみ易い温雅な画風で知られる。沈周なき後の蘇州(呉)の画壇を隆盛に導き,高潔温和で長者の風格をそなえた彼の周囲には祝允明・徐禎卿・陳淳など多くの文人が集まった。沈周・唐寅・仇英と並んで明の四大家と称される。詩書にも優れており,著に『甫田集』36巻がある。当時の蘇州における文人画の盛況の背景には,明代中期の経済繁栄があったことが指摘されよう。
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