●分析哲学 ぶんせきてつがく
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アングロ=サクソンの国の哲学の世界で有力な哲学の傾向の一つで,論理実証主義の後身であるが,広い意味でいうときには,論理実証主義もこれに含めるから,ここでは,論理実証主義の紹介から始めよう。1920年代,ウィーン大学で経験哲学の講座の教授であり,もともとは物理学者だった M.シュリクを中心として,数学者や科学者たちが,哲学について語り合うサークルが生まれた。やがてこのサークルは一つの哲学的な主張をかかげるようになり,ベルリン・スカンジナヴィア・イギリス・アメリカなどにいた傾向の同じ思想家と手をむすんで国際会議なども開くようになった。この,ウィーンのサークルを中心とする,哲学の傾向が,論理実証主義と呼ばれるようになった。この主義の主張によれば,意味のある命題は,論理的にその正否が決定できるものと,経験的に,すなわち科学の手つづきによってその正否を決定できるものとの2種類に分かれる。それ以外の命題で,古来哲学的な主張を表すものとされてきたものは,無意味なたわごとにすぎないとし,こういうものの集まりを,「形而上学」と呼んでばかにした。なお,日常生活で使われていることばで書かれたものは,形而上学に陥りやすいとして,論理記号によって正確な文章を書くことを提唱した。ウィーンのサークルやその仲間に強い影響を与えたのは,B.ラッセルとヴィトゲンシュタインであるが,彼ら自身はこのサークルのメンバーには数えられない。論理実証主義の主張は勢いがよく,論理学や科学に関心をもつ人たちの関心を集めたが,経験的にその正否を決定できる命題の範囲を,論理記号を使って明確に定めようとするプログラムがなかなか完成せず,哲学的にはこの主義はしだいに行きづまっていった。そこに,ナチス=ドイツのオーストリア併合という事態がおこり,ウィーンのサークルは,自由主義的であるというので弾圧された。論理実証主義の哲学者たちの多くは,イギリスやアメリカに亡命し,そこで多くの若い哲学者を教育し,大きな影響力を与えるようになる。そうして,さきほど述べた行きづまりと,ヴィトゲンシュタインが哲学的に大きな転向をしたことの影響とにより,当初のラディカルな主張をかなりやわらげるようになった。この時期以後の,かつての論理実証主義者,およびその影響下にそだった哲学者たちの思想が,狭い意味での分析哲学である。これは,大きくいって,二つの傾向に分かれる。一つは,後期ヴィトゲンシュタインやオースティンの影響のもとに,日常生活で使われることばの用法を分析することから,哲学の問題をつくりだし,これを解決しようとするものである。ウィーンのサークル時代のような,論理学への関心はなく,むしろ,現代論理学の発展に対しては,ことさら背を向けているようなところがあり,かなり復古主義的である。したがって,古代ギリシアや中世ヨーロッパの哲学の思想家の仕事を現代的にみなおすことなどにも熱心である。もう一つの傾向は,アメリカのW.クワインなどに代表されるもので,現代論理学の発展に参加しながら,論理学の成果を用いて哲学の問題を解こうとするものである。こまかくいうと,この傾向がさらにいくつかの流派に分かれる。たとえば,様相論理学を哲学的に評価しないクワインたちと,積極的に評価しようとする人たちとのあいだの対立は,かなり激しいものであろう。なお,最近では,論理実証主義との歴史的なつながりにはあまりこだわらずに,科学基礎論の論理構造を研究する分野や,言語の用法の分析から話をおこす,哲学的な傾向を,広く,分析哲学と呼ぶことも行われている。この呼び方に従えば,ソクラテス・プラトン・アリストテレスには,分析哲学的な傾向が強いので,「分析哲学」というのは,「哲学の本流」の別名にほかならないということになる。