●文献学 ぶんけんがく
AD
語源はギリシア語の philologia から出たもので,ロゴスへの愛を意味している。ロゴスは言葉のほかに,論理・理性・思想・人間文化などという多義性をもつが,第一義的にいえば,言葉であり,文献学も主として言葉の学問である。文献学は上田敏によると,philologie(独)の訳語であるといい,和辻哲郎によると,philologie(仏)・philology(英)の訳語で用いた。そして,文学を文献学の意味にさえ用いている。しかし,日本では,はじめ独の影響をうけ,のち仏・英として用いられており,修辞学的なものより文献学的なニュアンスへとかわっている。また芳賀矢一は,ドイツに学んでフォン=ベックの古代文化学にヒントを得て,国学=文献学という考えを普及させ,藤岡作太郎もその線上にたっている。その後村岡典嗣は国学=文献学の変態であるとの説を打ちたてている。そこで用いられた文献学とはフィロロギィの意味であったことは各論者をつらぬく基調より明確である。いいかえると,文献を通じて国民や時代文化を知ろうとする学問。今一つの意味として書誌学がある。書誌学は,書物の外観・内容・印刷・成立上の特徴を示すものであるのに対し,文献学はそれを内定した形で広義の学問である。ところがイギリスでは,言語学者・言語研究者・文献学者の意を示す。あくまでも第一義的には言語学・比較言語学であって,文献学の一つの意味ではない。古典のテキストの批判的復元研究(本文批判)も正確な意味での文献学の一つである。広義には大規模な古典古代学でもある。そう考えるとフォン=ベックのように文献学を言語・文学・芸術・科学・神話・伝承・宗教・制度・法律・風習一切の領域をそれぞれの表出の手がかりとして研究し,古典古代を復元する手がかりとすることになる。文献学は一面書誌学ともいう。書誌学は文学研究に必要な他の学術を補助学と呼ぶとすれば,その一つである。しかし永いあいだ補助学から外されていた。それは書誌学の範囲が明確でなかったことによる。写本と版本とに分かつ以外はほとんど明確をかいていたためである。しかし,書誌学の発展は,とくに天明・寛政ごろより発達し,書誌学の発展とともに学問的体系化をおしすすめている。ところが明治維新後再び停頓したものを,大正期になって再び盛んにした。和田維四郎・和田万吉・新村出の3人はその指導者である。本邦書誌学の発展は善本影譜や善本書目し好書雑載や印譜の研究の発展による。その結果,書誌学すなわち英語 Bibliography と訳した書誌学が発達している。そのなかで文学・紙・ヲニト点・辞書・書目・××版・文庫・印刷文化・活字版等の研究がおしすすめられている。さらに目録づくり書目づくりの方法,文献とは何ぞやなど,さらに中国の書誌・平安時代の集書事業・現存書目録等々を検討する文献史的考察がおしすすめられている。川瀬一馬は『日本書誌学研究序説』のなかで〈日本書誌学は我が国の書籍を研究の対象とし,之を究明する学問である。其の研究の対象となるべき日本の書籍は,之を広義に解して,凡そ我が国に書籍が発生して以来今日に至るまで,我が国人に操って作成された汎ゆる書籍をはじめとして,我が国人が外国の書籍を転写若しくは復刻したもの,及び外国から将来せられて我が国に伝存するもの,並びに外国人が我が国土に於いて作成したもの〉大日本雄弁会講談社,1943年6月)と規定している。その点からする書誌学的考察としては文献史的考察を必ず伴わねばならない。この種の研究はイギリスのグレーグなどが書誌学とは何ぞやとかき二つの書誌学の存在をのべ,組織的書誌学と批判的書誌学とのべている。前者は著者名目録・分類目録を含むもの,後者は図書製作の条件を研究するものである。形式的な面と内容的な面とをもっている。日本考証学は文献学的な面をもち,とくに幕末にその派を形成している。それより方法を学ぶことは今日においても必要なことである。