●文官任用令 ぶんかんにんようれい
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大日本帝国憲法体制下の一般文官任用資格を制定した勅令。1893年(明治26)公布。内閣制度が成立したのち,官吏任用に関し,1887年文官試験試補および見習規則がつくられたが,1893年第2次伊藤内閣が行政整理を行う一環として文官任用令を制定した。奏任官は文官高等試験の合格者から任用することとし,維新以来の官吏の自由任用に代わって試験任用に踏み切った。その後政党員たちの猟官運動が激しくなったため,第2次山県内閣は1899年(明治32)改正を行って,親任官と特別任用規定のある者を除いて勅任官も一定の有資格者に限り任用するとし,以後の改正については枢密院の諮問によって決定することを決め,官吏の中立性確保につとめた。1913年(大正2)第1次山本内閣で再改正,自由採用の範囲を拡大,政党員の進出も自由としたが,第二次世界大戦後廃止。1946年(昭和21)官吏任用叙級令となり,1947年(昭和22)国家公務員法へと変わり政治的中立が再び唱えられた。