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●文化闘争(西洋) ぶんかとうそう

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1871 ドイツ帝国

 1871〜80 ドイツ帝国初代首相ビスマルクが行ったカトリック信徒抑圧政策。1871年ドイツ統一が達成されたが,西南ドイツのカトリック信徒は新教国プロイセンの支配に反対し,中央党を組織して地方分立主義をとり,反プロイセン的立場を強めた。ビスマルクドイツ統一強化のためカトリック教会や中央党を弾圧し,1871年“教壇条項”を発布し,政治目的に説教することを禁止。1872年“学校管理法”をつくらせ,教育を教会から国家の管理下に置き,1873,74,75年“5月法”を制定し,俗事への教会の干渉を禁止した。しかし,中央党・教会の抵抗は激しく,ビスマルクドイツ統一を損なうことを懸念し,また保護関税導入の支持獲得や社会主義勢力の増大への対処のため,1878年教皇ピウス9世の死を転機に妥協をはかった。1880年までに反カトリックの法律はすべて廃止され,文化闘争はビスマルクの敗北に終わったが,のち中央党は政府与党的になる。