●文化伝播 ぶんかでんぱ
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ある民族集団(ある地域)から他の民族集団(他の地域)への文化のひろがりを意味する。これに近い意味をもつ語に“文化変容”があるが,後者は,互いに異なる文化をもつ集団が接触した結果おこる文化の変化をいうもので,“持続的で直接的な接触”の結果おこる変化に限定していう点で区別される。“文化伝播主義”は19世紀後半に一世を風靡した“進化主義”に対する批判として,とくに20世紀初頭に盛んに論じられた。進化主義が地球上に存在するすべてのものは地球上のどこにあってもまったく同じような段階を通過していくという独立平行的発展を想定しているのに対して,文化伝播主義の立場は文化の歴史的接触・伝播の事実を重視し,諸民族文化間の歴史的関係を追求しようとする。
ある現象の文化的関係の有無を判断する手段としては,グレーブナーが『民族学の方法論』(1911)において提示した二つの規準がある。第1は“形態規準”で,比較すべき文化要素の形態の類似が,その事物の本質や目的,使用材料の性質から必然的に生じたものでないとき,それは発生上の歴史的連関を意味するというもの。第2は“量的規準”で,2地域間の類似する文化要素の数が増せば増すほど,両地域間の歴史的連関はいっそう確実視されるというものである。この二つの規準が,類似する文化要素の系譜関係をとらえようとする場合に基礎となる。その場合文化要素は空間的に伝播するから,分布地域が隔たっている場合には要素の発生地と現在の分布地とのあいだに伝播の痕跡が残っているはずだと考える。
さらに,ある文化要素の複合が一定の領域に特徴的であっておもにその空間に限定される傾向があるとき,その特定の空間を“文化圏”と呼ぶ。文化複合はまとまった形でひろがったり移動したりするので,現存のほかの複合を押し退けたりそれと重複したりする。そこに時間的先後関係を示す“文化層”が成立する。
“文化圏”と“文化層”について具体的な研究を展開したのは,グレーブナーのあとを受けたウィーン大学のシュミットをはじめとする初期ウィーン学派による“文化史的民族学”であった。
文化伝播主義の学説には,このほかに“超伝播主義”と称される“マンチェスター学派”と,ボアズを師とするアメリカ歴史学派がある。
ところで,文化を機械的複合体として理解する過去の伝播主義の立場は現在ではすでにみられない。ハイネ=ゲルデルンは文化伝播はドグマではなく,文化のある現象を説明するための一つの方法であると述べており,現在の文化伝播の研究動向は,事実に注意し,伝播の諸条件に注目する。アメリカでは,文化伝播をプロセスとしてとらえてその段階と条件を追究する研究が行われている。
〔参考文献〕イェンゼン,大林太良訳『殺された女神』1977,弘文堂
シュミット=コッパース,大野俊一訳『民族と文化』1957,河出書房,1970,河出書房新社