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●文化史 ぶんかし

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 歴史という語は,二つの意味をもっている。一つは,過去の出来事を意味する。二つは,その出来事の研究と叙述を意味する。したがって,文化史もまた,[1]出来事としての文化史,[2]研究・叙述としての文化史に分かれる。ここでは,研究・叙述としての文化史に焦点を当てて概説する。文化史には,さまざまの種類のものが考えられる。おそらく文化についての考え方の数と,歴史についての考え方の数と掛け合わせて得た数だけの文化史があるはずである。しかし,ここでは文化史の(I)領域と対象,(II)方法と立場の相違から,さまざまの種類の研究・叙述の生まれうる可能性を,与えられた紙数の範囲内で,おおまかに説明して“文化史とは何か”を彷彿させるにとどめたいと思う。

(I)文化史の領域と対象による種別

【文化史の領域による種別】“研究・叙述としての文化史”は,“出来事としての文化史”の領域からみて大きく三つに分けられる。[1]第1に,人間の生活活動ならびにその所産を宗教と文化の二つの領域に大別する文化観に拠って,その文化を研究・叙述する文化史がある。この文化観は,人間の営みのうちの神信仰に関するもの以外のすべて,すなわち思想・芸術・政治(法律)・経済(社会)をひっくるめて文化と考えるものである。ニーバーなどのカトリック系の宗教家や思想家にみられる文化観である(参考『信仰と歴史』)。ドーソンは,農夫や漁夫たちの生活から,芸術家や哲学者たちの作品にいたるまでの全体を文化と称し,その文化に宗教が外から活力を与えると考えて,ヨーロッパ中世の文化史を叙述している(邦訳書名『進歩と宗教』)。[2]第2に,人間の生活活動とその所産を,宗教と政治と文化の3領域に分ける文化観に拠って,その文化を研究・叙述する文化史がある。ブルクハルトは,この文化観に立って,文化史の理論を考えるとともに(邦訳書名『世界史的考察』),古代ギリシアやルネサンス期のイタリアの文化史を叙述している(邦訳書名『ギリシャ文化史』『イタリア・ルネサンスの文化』)。[3]第3に,人間の生活活動を経済(社会)と政治(法律)と文化の3領域に分ける文化観に拠って,その文化を研究・叙述する文化史がある。ここで文化というのは,宗教・思想・芸術−−美術(絵画・彫刻・工芸・建築・庭園)・文芸・演劇舞踊・音楽などをいう。今日,歴史家が文化を語るときには,おおむねこの文化観に従っている。この文化観は,足下に踏まえた社会経済と,頭上に仰ぐ文化を相関させる機能(はたらき)をもつものとして政治を考える。ただし,マルクスは政治(法律)を上部構造のなかに入れて,上部構造の文化(イデオロギー)と下部構造の経済をつなぐものと考えている(邦訳論文名「経済学批判序説」)。ハウゼンスタインは,この文化観に立って,ヨーロッパのあらゆる時代および民族の芸術における裸体の歴史を叙述している(邦訳書名『芸術と唯物史観』)。第3の種類の文化観をモディファイしたものに,法律・制度・産業などの外部生活を一括して文明といい,宗教・学問・芸術などの内部生活を一括して文化と称するものがある。この文化観に立って,村岡典嗣は日本文化史を概説している(『日本文化史概説』)。以上の文化史は,広狭の違いはあっても,文化を人間の生活活動の一領域と考える文化観に拠って,文化史を研究・叙述する点では同じである。これらの文化史は,一括して「特殊史としての文化史」といってよかろうと思う。[4]第4には,狭義の文化観に対して,政治・経済をも含めた人間の生活活動の全領域を文化と考え,この文化観に拠って,その文化を研究・叙述する文化史がある。先の文化観が,神に対して人間を,物質に対して精神を考えるのに対して,この文化観はひたすらに人間を考え,この文化観の上に,自然史に対する“人間史としての文化史”を成立させる。この種の文化史は“一般史としての文化史”ということができる。この文化観に立って西田直二郎博士は,日本文化史を叙述している(『日本文化史序説』)。

【文化史の対象による種別】さて,以上の広狭いずれの領域の文化にも,三つの層位的区分が考えられる。[1]第1は,前述の広狭二つの「文化の領域」における人間の生活活動ならびにその所産−−つまり文化現象そのもの−−を,直ちに文化と考えるものである。[2]第2は,人間の生活活動ならびにその所産(文化現象)が,それによって表れている方法・形式ないしは様式を文化と考えるものである。文化の語が agriculture,horticulture などの語の示すように,自然に人工を加えることを意味するものとすれば,自然に人工を加える方法,ないし様式を文化の基本的なものと考えることは,文化という語の本来の精神にかなうものともいえる。この文化観には,社会化された形式・様式のみを文化と考えるものと,社会化されていない個人だけのものであっても,それをも含めて広く文化を考えるものとがある。前者は,たとえばクラックホーンなどのアメリカの文化人類学者の説く文化観である(邦訳名『文化の概念』)。彼は,文化とは歴史的に創造された選択の過程であって,内部的ならびに外部的刺激の両者に対する人間の反応を方向づけるもの,すなわち,行動・思考・感情・信仰の様式である,という。ただし,クラックホーンはそうした方向のうち,人間をして社会的共同生活を営ませる要因となるもののみを文化と称する。それに対して,歴史家は,個人的な様式,独創的な方法をも文化と考える。そうでなければ,文化史はすべて追随亜流者(エピゴーネン)たちの歴史となり,その時代に同調者をもたない天才・鬼才の様式創造の活動とその所産は,彼の時代の文化の研究において除外されるか,おろそかにされることになると考えるからである。[3]第3には,方法・様式が直ちに文化ではなく,その方法・様式を成り立たせるもの,つまり方法・様式の内的根拠を文化と考えるものがある。すなわち,文化は,人間の生活活動ならびにその所産のうちに認められる静的な特徴としての方法・様式ではなく,方法・様式の内的原理,方法・様式を成り立たせる動的な生の情勢としての内的様式と考えるものがある。こうした内的根拠・内的様式は,外的様式と区別して“精神”と呼んでもよいであろう。

 さて以上の説明では,3種の文化は相互に分離して上下に積み重なっているように聞こえるが,実は三者は三位一体の関係にある,つまり“精神”は“方法・様式”において,“方法・様式”は“文化現象”においてのみ具体的に存在し,また実際に把握せられるものである。文化史研究において,研究者はこれら三者のあいだに歴史的思考の重点を移動させながら研究を行うが,三者のいずれに重みをかけるかによって,三様の文化史が成立する。その清純なものは“出来事としての文化”史,“様式としての文化”史,“精神としての文化”史で,これらは文化の“事件史”,文化の“様式史”,文化の“精神史”と呼んでもよいであろう。以上のさまざまな文化史のうちでは,“人間史としての文化史”を“精神史”として研究・叙述するものが,最も広く,最も深い文化史ということになろうか。

【文化史の領域・対象による種別】領域と対象の組み合わせから生まれる文化史の種類について,少々補足説明したいと思う。[1]第1に,狭義の文化の展開を事件史として叙述するものに宗教史・思想史・芸術史などがあげられるが,芸術史のなかには,美術史・文芸史・演劇史・舞踊史・音楽史など,美術史のなかには,絵画史・彫刻史・建築史・工芸史・庭園史など,絵画史のなかには,大和絵史・漢画史・浮世絵史・西洋画史などが成立する。ときには,狩野派の歴史や名古屋城二丸御殿壁障画の研究などが行われる。これらは,狭い意味での文化現象を研究し叙述する“特殊史としての文化史”といえるであろう。次に,事件史として叙述された特殊文化史を綜合する“特殊文化史のエンサイクロペディア”ともいうべきものがある。辻善之助博士の『日本文化史』7巻は,この種の文化史の代表作である。次には,人間活動とその所産のすべてを研究・叙述の対象とする“事件史としての文化史”がある。古くは,大鐙閣の『日本文化史』13巻,近くは小学館の『図説日本文化史』13巻などは,狭い意味の文化現象に比較的に重きをおいた一般史にほかならなかった。政治・経済・宗教・教育・学術・文芸・美術工芸の各欄に,歴史的出来事を分類記載した清原貞雄博士の『日本文化史年表』は,この種の文化史に呼応するものであった。[2]第2は,文化現象とその流れのなかに類型ないしは様式を見出して,文化史を類型ないしは様式の変化系列として叙述するものである。それにはまず,狭義の文化現象とその展開のそれぞれにおいて様式を見出し,類型を求めて,それを叙述するものがある。ホイジンガの用語を借用すれば,〈特殊型態学としての文化史〉といえようか。ヴェルフリンのヨーロッパ近世美術史の研究などがこの部類に入る(『美術史の基礎概念』)。次には,狭義のいわゆる文化現象とその展開を,広範囲に,綜合して叙述する“様式史としての文化史”がある。ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』は,この種の文化史の代表作である。ブルクハルトは,文芸復興期の複雑な文化現象のなかにこの時期を特徴づける文化形態を見出し,それに個々の文化現象を関係づけて,この時期の文化を綜合的に叙述している。村岡典嗣は,宗教・学問・芸術などの人間の内部生活の展開のあいだに幾種かの著しい定相を見出して,日本文化史を叙述したと説いている(『日本文化史概説』)。[3]第3には,人間の生活活動とその所産のすべてを文化と考え,狭い意味の文化現象であっても,政治・法律・経済・社会の現象であっても,それらに現れている外面的形式を根拠づけるところの共通の内面的様式を求めて,それにそれらの文化現象を関係づけることによって,当該時代の文化を綜合的にとらえようとするものがある。ホイジンガの用語を借りると,〈一般形態学としての文化史〉ということができる。西田直二郎博士の『日本文化史序説』は,わが国におけるこの種の文化史の代表作である(拙著『形と心』もこの部類に入るであろう)。

(II)文化史の方法と立場による種別

【文化史の方法による種別】文化史学は以上述べたような,さまざまの文化観の上に立って文化の歴史を研究・叙述する学問であるが,歴史研究という人間の特殊な精神活動を構成する3要素によって,3種類の文化史を成立させる。[1]第1には,文化史を文化現象の事実的連関の展開としてとらえるものがある。ある特定の文化現象を,ほかの多くの文化現象との事実的連関の焦点と考え,そうした事実的連関とその展開を叙述するものがある。またいくつかの出来事が,ときには特定の出来事を媒介して,ときには直接に相互に連関しあう姿と,その展開を叙述するものがある。[2]第2には,ある特定の文化現象を他のいくつかの文化現象から受けた影響の焦点と考え,そうした作用的連関とその展開を叙述しようとするものがある。またいくつかの出来事が,ときには特定の出来事を媒介として,また直接に相互に影響しあう姿と,その展開を叙述するものがある。[3]第3には,ある特定の文化現象を他のいくつかの文化現象とのあいだに形成する意味的連関の焦点と考え,そうした意味的連関とその展開を叙述するものがある。またいくつかの出来事が,共通の内的様式ないしは精神を媒介として相互に意味的に連関する姿と,その展開を叙述するものがある。

 文化史家は,この3種の連関の把握が構成する文化史的思考のなかで,思考の重点を移動させながら研究・叙述するものと考えられる。ただし,3要素のうちのどの要素に重点を近づけるかによって,三つの文化史の形態が生まれる。ブライジヒの口吻を借りて,[1]を叙述的文化史,[2]を組織的文化史,[3]を解釈的文化史,ということもできよう。

(文化史の自立性と他律性による種別)第2の作用連関を重視する文化史について,文化史の自律性・他律性の観点から補足説明しておきたいと思う。文化を自律的に成立し発展するものと考えるか,他律的に成立し発展するものと考えるかについても,大まかに三様の考えがあって,三様の文化史を成立させる。[1]狭義の文化,すなわち宗教・思想・芸術はその領域以外の文化の影響を受けて成立し発展するものではなく,自律的に−−それ自体の原因でザハリヒに−−成立し発展するという考えがある。この考えを最も純粋に主張するものは,美術史においてはヴェルフリンで,美的表現の様式が閉鎖から開放ヘ,平面的より深奥的へ,明瞭より不明瞭へと自律的に発展すると説いている。哲学においては,哲学史自体のな発展を主張するものにハルトマンがいる(邦訳書名『歴史哲学基礎論』)。[2]それに対して,文化現象は他律的に成立し発展すると考えるものがある。大別すると,狭義の文化(宗教・思想・芸術)間の相互影響を説くものと,狭義の文化に対する政治や経済の影響を説くものとがある。まず,美術が宗教の影響を受けると考えるものにフォーサイスがいる。彼は,芸術が古代より近代にいたるまで宗教の影響を受けて展開したあとを広く跡づけることを通して,ヨーロッパの文化史を叙述している(邦訳書名『芸術・倫理及神学』)。ブルクハルトは,宗教と政治と文化が互いに他を制約すると考えて,イタリア=ルネサンス期の文化史を著した。マルクスは,生産力に応じた生産関係の総和が経済機構を形成し,これが土台となって政治を通してイデオロギー(狭義の文化)という上層建築を形づくると考えた(邦訳書名『経済学批判序説』)。マルクスの継承者のなかで,最も極端に文化の他律性を説いて自律性を認めないのはスターリンで(邦訳書名『言語学におけるマルクス主義』),カウツキーは,文化史の自律的展開をある程度認容している(邦訳書名『唯物史観』)。ソ連邦で年をおいて発行された唯物史観の教科書は,他律性の主張と自律性の認容とのあいだを徂徠(ゆきき)しているのは興味深い。次に,歴史内の影響のほかに歴史の外からの影響,たとえば人種や風土などの影響を考えるものがある。最も極端な主張は,かつてのナチズムの歴史家たちの主張であるが(ローゼンベルグ,邦訳書名『二十世紀の神話』),わが国では今日でもなお日本人の文化史は,日本人の人種性によって特色づけられてきたし,今後も特色づけられてゆくと考える者が多い。また,日本の風土がそこに住む日本人の文化を永遠に,しかも根本的に特色づけると考えるものも少なくない。和辻哲郎博士は,文化に対する風土の影響を強く説いているのである(『風土』)。

 しかし,こういう文化観は同一文化圏内における文化的・自然的影響を考えるものであるが,他の文化圏において成立した文化の影響を考えるものがある。たとえば,近世のフランス文化に与えたドイツ文化の影響の歴史を叙述するものがある。日本では,中国文化の影響,西洋文化の影響によって,文化の展開が生じたという文化史観が普及している。高山岩男博士は,中国文化とヨーロッパ文化の伝来をもって日本の文化史を3時代に,時代区分しているのである(『文化類型学』)。

 次に,文化史の自律的発展と他律的発展を組み合わせた立場に立つものがある。ヴィンデルバンドは,哲学自体が自律的に発展する要因をもつと説くとともに,文化史的事情が哲学の成立と発展をひきおこす要因であると考えて,近世哲学史を叙述している(邦訳書名『近世哲学史』)。

 しかし,文化と文化史の自律・他律両説の対立を撥無(はつむ)する文化史観がある。人間の生活活動にこれは宗教活動,これは美術活動で,それ以外のものではないというようなものが元来存在するわけはなく,今日われわれのもつ宗教や美術の観念から光をあてて比較的強く輝く側面を,一応そういう名をつけたまでのことと考えられる。したがって,宗教現象という名を与えられているものでも,その生活活動は当然,美的側面をもっているはずである。ここにおいて美術に対する宗教の影響は,実は“「宗教現象と称する生活活動」の美的側面”の“「美術現象と称する生活活動」の美的側面”に対する影響,つまりは美術に対する美術の影響となって,自律・他律の論議を撥無する。このような関係が成立しうるのは,宗教活動の形式や美術活動の様式をともに成立させる内的様式が,時代の生活に即して形成されているからと考えられる。私はこう考えて浄土教における宗教体験の形式と,浄土教美術の表現様式のあいだに成立する内面的関係の歴史を叙述したことがある(『浄土教美術−文化史学的研究序論』)。

 こうした作用連関は,宗教と美術のあいだにだけ成立するものではなく,狭義の文化の諸領域間にも,さらに広く狭義の文化と法律・政治や社会・経済とのあいだにも成立する。ここに,人間の生活活動およびその所産の総合的把握を可能にする根拠がある。

【文化史の立場(1)時間的立場による種別】さて,過去・現在・未来のいずれの“時点”に立って“出来事としての文化史”を展望するかによって,3種類の“研究・叙述としての文化史”が生まれる。[1]第1は,過去史的文化史で,過去の文化現象とその展開を過去の出来事としてそのままに−−特定の時に,特定の所で,特定の人物によって行われた出来事の確認を−一“叙述し”“説明する”ものである。[2]第2は,現在史的文化史で,過去の文化現象とその展開を現在の文化的関心に関係づけて“意味づけ”“理解する”ものである。[3]第3は,未来史的文化史で,未来に実現しようと意図する政治的目的の見地から,過去の文化現象とその展開を“批判し”“評価する”ものである。[1]は叙述的文化史,[2]は解釈的文化史,[3]は批判的文化史,といえよう。ニーチェの口吻を借りて,[1]は骨董的文化史,[2]は記念碑的文化史,[3]は批判的文化史,と呼ぶこともできるであろう。[4]第4には,過去・現在・未来を超えた,つまり歴史を内・外に超えたところに視点をおく文化史がある。この視点も大きく三つに分けることができる。(1)は神,(2)は物質,(3)は人間である。(1)は,カトリック系の宗教家や思想家のとる視点で,神から人間の歴史をみようとするものである。(2)は,マルクス主義の立場で,歴史を内に貫く物質的生産力に立って,人間の精神活動(文化)の歴史をみようとするものである。(3)は,人間の生活活動としての文化現象をその成立の内的根拠,つまり文化形成の場からとらえようとするものである。(1)と(2)は,神と文化,生産力と文化というふうに,神ないし物質に文化を対立させるが,(3)は,神的意志ないし物質的生産力にも,それ以外の文化現象にも共通する内的根拠を見出し,そこに立って一切の生活活動と,その所産をとらえようとするものである。いいかえれば,文化をつくる立場から,つくられた文化とその展開をとらえようとするものといえよう。

【文化史の立場(2)空間的立場による種別】文化史には比較研究と称するものがある。同一文化圏内の異なる時代の文化を比較するものを“比較文化”と称することもあるが,異なる文化圏の文化的特色を比較するものが,ふつう比較文化史研究といわれている。これにも次のものが考えられる。[1]第1は,他の文化圏からの文化的影響,つまりは文化的伝播を考えるものである(これは前述した)。[2]第2は,最もふつうにいわれている比較文化史研究で,それに2種類のものがある。(1)は相違点を取り出すもの,(2)は相違の所以を説くものである。(1)は,二つの文化圏のあいだに身をおいて,彼我を見比べて異なるところを指摘するものである。(2)は地球上のさまざまな文化を成立させる共通の内的根拠に立って,両文化史の特色を見比べるものである。人間が人間としてある限り,人間存在そのものから不断に人間に問いかけてくる問い−たとえば,聖と俗,持続と変化,封鎖と開放などへの人間の個人的・社会的生の二方向を,どう関係づけるかという,人間にとって運命的ともいうべき課題が,両民族ないし両国民によって,どのように解答されたかを見出した上で,同一問題に対する異なる歴史的解答を比較するものである。文化史は,さまざまな種類の研究・叙述を生み出す可能性をもっている(上述の種別のほかにさらに数多くの観点からの種類分けが可能であろう)。しかも上述の種類分けを行った観点・立場は,互いに相覆いあい,入り込みあうところがある。したがって,実際に目に触れる文化史の研究と叙述は,上述の種類のどれか一つにきちんと納まるものではなく,いくつかの種類のもつ特徴・傾向をあわせもつものといえる。そのうちで,最も広く,最も深い文化史は,各項目の最後にあげた特徴・傾向を兼ね備えるものと思われる。