●文化圏学習 ぶんかけんがくしゅう
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これは,高等学校社会科「世界史」における,主として「19世紀の世界」以前の内容構成および学習のことをいう。すなわち,1978年(昭和53)版の「世界史」は,「19世紀の世界」以前を,「(1)文明のおこり」「(2)東アジア文化圏の形成と発展」「(3)西アジア文化圏の形成と発展」「(4)ヨーロッパ文化圏の形成と発展」の四つの内容で構成しているが,広義にはこの四つの内容の学習に関していわれる。【文化圏学習の趣旨】文部省の「高等学校学習指導要領解説−社会編」(昭和54)によれば,文化圏という用語は,言語・宗教・思想・政治・経済および生活様式などの面でのある種の地域的まとまりを総称して使用されたものである。その場合,自然(気候・地形・海洋・陸水・植生など)条件も文化圏の主要な規定要素であるので,このことを配慮した上で,地域性・民族性および歴史性によって培われた共通文化要素をもつ空間領域と言い換えることもできる。「世界史」において文化圏学習を行うことのねらいは,まず,世界の歴史における各時代や名地域の出来事や事柄を,あるまとまりをもって学習させることによって世界の歴史に関する生徒の理解を容易にすると同時に,内容の精選をはかることにある。つぎに,この文化圏学習は,従来の西欧中心的な内容構成を改めるとともに,世界の歴史における我が国の位置づけをいっそう明らかにすることを意図している。1978年版においては,この学習が生徒に親しみやすく定着するよう幾つかの留意点をあげているが,わけても,「内容の取扱い」の(1)のイの(ア)で示された次の点は,文化圏学習を展開する上での重要な視点といえよう。〈各文化圏の風土や民族に触れ,人々の生活の様子が具体的に理解できるようにし,政治の流れのみを追う学習にならないよう留意すること〉。
【文化圏学習の登場とその背景】それでは,この文化圏学習はいつ「世界史」に登場したのであろうか。理念としては「世界史」成立の当初からあったが,具体的な登場は1960年(昭和35)版においてであった。しかし,この段階では,まだ「3 指導計画作成および指導上の留意事項」の(3)において,この学習の試みが期待されていたにすぎない。本格的な登場は,1970年(昭和45)版からで,「世界史」の内容が初めて文化圏別に示されたのである。このような内容構成に踏み切った背景は何であろうか。学界の動向や1960年版以来の実践もあるが,それ以上に,次の諸点が考慮されたのである。[1]ぼう大で煩瑣な世界の歴史の諸事象を整理し,生徒の理解を容易にしようとはかったこと。[2]「世界史」における内容や指導事項の精選をはかる手段の一つにしようとしたこと。[3]西ヨーロッパや中国中心の史観や内容構成の傾向から脱して,グローバルな視点に立とうとしたこと。[4]各文化圏の固有の文化・生活・歴史などの価値の再発見・再認識をはかろうとしたこと。[5]中学校の歴史的分野(初歩的な文化圏構想を採用)との関連をはかろうとしたこと。
【これからの「世界史」と文化圏学習】新しい「世界史」の構想は,1978年(昭和53)版において打ち出された。そこにおいては,まず文化圏の下限がほぼ18世紀まで引き下げられた。これは,各文化圏の特色の把握がより可能となるための改善で,内容「(5)19世紀の世界」が新設されたのも,この構想を受けたものである。つぎに,文化圏学習のイメージを具体的に浮かび上がらせようとしたことである。すなわち,事件名・国王名・王朝名・戦争名といったものを軸にすえるのでなく,たとえば,空間的・風土的要素,民族・生活習慣や生活意識などを基軸にすえて,教材を構成していこうとする構想である。これは,単なる政治史的扱いを改め,文化人類学などの成果を取り入れながら,新しい社会史的な視点で「世界史」学習に取り組もうとするものである。ここにおいて文化圏学習は,単なる「世界史」の内容構成の原理にとどまらず,「世界史」学習の新しい展開の原理ともなったのである。