●文化科学 ぶんかかがく
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文化科学とは自然科学に対立する科学という意味で,ドイツ語のクルトゥールウィッセンシャフトの訳語。西南ドイツ新カント派の代表的な哲学者リッケルト(1863〜1936)によって確立された科学概念である。19世紀末から20世紀初頭にかけ,リッケルトはその師ヴィンデルバントとともに,西南ドイツ学派(バーデン学派ともいう)を成立させ,その代表者と目される。おもな著書に『自然科学的概念構成の限界』(1896〜1902)や『文化科学と自然科学』(1899)などがあり,その師ヴィンデルバントの“歴史科学”の概念をよりいっそう前進させたものである。物理科学・生物学・生理心理学など,自然科学の認識の特徴は一般化しやすい説明的なものであり,法則定立的なものでもある。それは自然のもつ無限の質的多様性を法則によって同質的な方向へ抽象化し,一般化することになる。そこにおいて一介的・個別的なものは,一般化された概念事例としてのみ認識され個性は黙殺される。それに対して文化科学の特徴は,一介的・個性的な歴史的・文化的事象を,価値との関係的概念においてとらえ,選択し記述する科学として確立しようとしたものであった。この認識の関心は,個別的なものにむかい,その特性を本質的なものにむかい,その特性を本質的なものとしてとらえようとつとめることにある。一般的な法則概念ではそれができない。文化科学の個性化的方法は,単に個別的事象の記述にとどまらず,それらの事象が相互に結合する個別的な因果連関の認識を得る可能性までがでてくる。
これは,指導的文化価値が個別的な事象を選択する時の原理であり,これらの関連から個性的なものを理解できるのである。ただし,これは価値との理論的関連づけであり,実践的な評価ではない。ただしこれは,認識の可能性にまで論究が及んだ点に独自性が認められた。文化科学の研究者は,事実的に妥当する客観的な価値と関係づけられる記述であればよく,価値の判断や妥当かどうかの疑問は必要でないとされる。
この文化科学方法論は,マルクス主義の唯物史観による疑似自然科学的な歴史法則の定立で圧倒されていた史学の独立性を確保し,また,ディルタイの了解概念による精神科学の基盤づくりにも通じあうものがあった。さらに,以前より親交のあったマックス=ウェーバーの社会科学方法論にも多くの影響を与えることになった。ウェーバーは,人間社会の歴史や文化的現象に現れる個別的な特色の奥に潜む意味的・価値的なるものに着目することで唯物史観の一面性を打ち砕き,精神的・心理的なるものが物質的なるものへと与える確実な力の存在を訴えた。彼の名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は,宗教的倫理による経済生活への影響を述べているが,なおもそこにはリッケルトの文化科学の余韻を読み取れる。しかし,文化の全体を意義ある人生活動の総体として超越的価値概念のなかに統合して考えようとした哲学者リッケルトと,あくまで人間の目的や価値行動の合理性は現実の事実のなかにあり,その社会現象を分析することで,そこに科学性を求めようとした科学者ウェーバーの両者間には越えがたい溝があったようだ。しかし,現代のアメリカで実証的な価値研究・人間行動研究までがなされているのは,ウェーバーの影響とみてよい。
日本では,経済学者の左右田喜一郎や桑木厳翼などによって「文化科学」が伝えられたが,いつしかすたれてしまった。それに比べてウェーバー的文化社会学の影響のほうは,まだ根強いものがある。しかし,存在に対しては価値を,自然に対しては文化を優位にすえるリッケルトの文化哲学の立場は,今日の西欧の伝統的文化に対して,全面的な信頼をもつのは明らかに無理であるとはいえ,なおかつ多くの検討を加えてみる必要があるのではなかろうか。