●プロレタリアート独裁 プロレタリアートどくさい
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社会主義革命に勝利したプロレタリアート(労働者階級)の権力,あるいはその政治支配。【マルクス・エンゲルスの理論】マルクスとエンゲルスの共同執筆である『共産党宣言』(1848)では,〈共産主義者の当面の目的は,……ブルジョアジーの支配の転覆,プロレタリアートによる政治権力の獲得である〉と述べられている。この政治権力の獲得はなんのためか。マルクスは『ゴータ綱領批判』(1875)において,それは資本主義から,階級なき共産主義社会への過渡期に立ち現れるとしている。このようなプロレタリアート独裁の具体的形態を,マルクスは1871年のパリ=コミューンにみいだした。彼は『フランスの内乱』(1871)のなかで,それの具体的究明を行っている。そしてパリ=コミューンの国家機関は,単に議会的なものではなく,同時に執行し立法する行動的な団体であるとして,単なる立法・行政の分立を否定している。さらに,このような国家機関は既成の国家機構(常備軍・警察・官僚制度)をそのまま用いるのでなく,それを改造・解体するなかから創出されねばならない,としている。このようにしてマルクスとエンゲルスは,資本主義から社会主義への移行のためには,労働者階級による政治支配が不可欠であり,このような意味でのプロレタリアート独裁によって,社会主義社会を建設し,さらには階級なき共産主義への移行を展望する。そして階級の消滅とともに,プロレタリアート独裁の歴史的使命は終わり,支配の道具としての抑圧装置,つまり国家は消滅へとむかう,と説いた。
【レーニン・スターリンの理論】1917年11月,ロシア革命が成立し,世界最初の社会主義国家が生まれた。この革命を指導したレーニンは,マルクス・エンゲルスの独裁理論を継承した。しかしロシアでは,革命によって成立したのが,議会制国家ではなく,ソヴィエト国家であった。そして理論的にも,ソヴィエト制度こそプロレタリアート独裁の具体的形態であるとされた。だが,このソヴィエト制度という労働者による政治支配の手段は,議会主義の伝統が事実上存在していなかった,ロシアの産物であった。スターリンによって,このロシア的条件に対応して生み出されたソヴィエト制度は,プロレタリアート独裁の普遍的形態にまで高められた。さらにこれにとどまらず,ロシア革命において,武装闘争を通じて革命が成就されたこと,また新生ソヴィエト国家が厳しい内外情勢のもとで,あえて行わざるをえなかったこと――たとえば旧搾取者たちに対する諸権利の制限や強制――なども,プロレタリアートの独裁の普遍的属性にまで定式化されていった。1928年の「コミンテルン綱領」では以下のように述べられている。〈プロレタリアートによる権力の獲得は……既存のブルジョア国家機構を平和的に『獲得する』ということではない〉〈(プロレタリア権力の)新しい機関は,なによりもまず,搾取者を弾圧するための道具である〉〈プロレタリア国家権力の最も目的にかなった形態は,……ソヴィエト国家の型である〉。
【現代における新たな探究】第二次世界大戦後,複数の社会主義諸国家の成立とそこにおける多様な経験や,高度な資本主義と議会制民主主義のもとにある諸共産党による理論的探究,これらはプロレタリアート独裁に関するスターリン的理論の再検討を迫るにいたっている。議会制度や複数政党制,さらには自由と民主主義の保障などを含む社会主義体制が探究の対象となっている。こうしたなかで,プロレタリアート独裁という用語自体を廃棄し,労働者階級の権力とか,その政治支配という表現を代置する共産党も現れている。〔参考文献〕レーニン,堀江邑一他訳『国家と革命』1952,大月書店
藤田勇他編『講座・史的唯物論と現代』第6巻,1979,青木書店