●プロレタリア革命 プロレタリアかくめい
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マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』やレーニンの『国家と革命』などを通じて定式化された暴力革命の概念であり,プロレタリア(労働者)階級(これをプロレタリアートという)が,プロレタリアートと対立するブルジョアの階級(ブルジョアジー)独裁を打倒して政治権力を掌握し社会主義国家建設を行うための革命である,としている。この社会主義国家は,階級対立のない共産主義社会への移行を担う役割があるとして,まず旧権力の打破と,プロレタリアートとほかの勤労人民からなる新しい民主主義的国家体制を成立させる,としている。この理論もしくは教義(ドグマ)の根底には,資本主義社会においては,多数のプロレタリアートは少数のブルジョアジーの階級的独裁の下に民主主義政治はありえぬばかりか経済的に収奪される対象でしかなく,プロレタリアートの民主主義にとってプロレタリアートの対ブルジョアジー独裁が必要だとする考えがある。このため,プロレタリア革命は,ブルジョアジーや旧権力の官僚・軍隊・警察,インテリ,あるいは反革命勢力に対する徹底的な弾圧と抑圧とは必要であれば正当とするばかりか人民の自由の制限もこの革命政権維持に集権的支配が不可欠ならば妥当とされている。さて,プロレタリア革命を標傍して成立した政権は,例外の一つとしてなく,共産党もしくは一握りの共産党幹部にすべての権力が集中した,極端な独裁的な中央集権機構としての全体主義の政治体制となった。レーニンによる1917年10月の世界初のプロレタリア革命の成果たるソ連において,一般民衆に政治的自由は,思想・信条の自由を含め厳しく禁じられるか剥奪されている。立法の実権はすべてソ連共産党にあり有名無実であるがソ連の形式上の立法府たる「連邦最高会議」の議員の選出すら自由な選挙は許されず,党に指名された者を賛成することを強制される(これをソ連では「選挙」という)。また,政治的思想の自由,とくに政権・体制批判は,強制労働の実刑を受ける犯罪とみなされ,ソルジェニツィンの『収容所群島』にみるごとく,現在でも1,000万人を超える政治犯が収容されている。いわんや,宗教・信仰の自由は認められず,弾圧および人間の寿命による自然減少などの方策が実施されている。階級対立の廃絶を,プロレタリア革命のいわば歴史的使命としつつも,実態は階級格差が存在し,かつこれは強化される方向にある。たとえば,ソ連における共産党幹部はいくつもの別荘と召使いを保有するが,一方,一般人民は日常の質の悪い食糧入手にも数時間も店頭に行列せねばならない。なお,商店は各階級ごとに指定されている。一方,資本主義社会(自由主義社会)においては大戦後の福祉国家の潮流と相まって,一般民衆の生活水準が比較において際立って高いばかりか,平等化も進展している。また,1980年代初頭のポーランドの自由な労働組合である「連帯」に対するソ連とポーランド当局の弾圧が端的に証明するように,社会主義国ではプロレタリアはその存在を否定され,ゆえにプロレタリアート独裁はなく,あるのは共産党独裁の政治体制である。これらの諸事実に,高度に発達した資本主義社会が戦後40年のあいだに社会主義に移行することがなかった事実も勘案すれば,マルクスらの革命の理論(ドグマ)は完全に破綻したとしなければならない。とくに,ソ連以外のプロレタリア革命を旗として誕生した政権の東欧6カ国・キューバ・ヴェトナム・北朝鮮・中国(中共)などの諸国が,いずれもソ連軍の直接的進駐あるいは強力な軍事援助を背景として成立し,またその多くが資本主義の未発達な社会であったことを直視すれば,ここにもプロレタリア革命のドグマの死滅は明白である。〔参考文献〕マルクス・エンゲルス『共産党宣言』岩波文庫
ニコライ=トルストイ『スターリン』1984,読売新聞社
ミハイル=ヴォスレンスキー『ノーメンクラツーラ』1981,中央公論社