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●プロテスタント教会 プロテスタントきょうかい

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 宗教改革期に成立したプロテスタンティズム系の教会。

【プロテスタント教会の諸派】プロテスタンティズムは「神のことば」としての聖書を最高の権威とするが,聖書の解釈は必ずしも一定ではありえないので,すでに宗教改革期にいくつかのプロテスタントの教派が形成され,そののちさらに多くの教派が成立した。その主要なものをあげれば次のようになる。宗教改革期に形成された教派としてはルター派・ツヴィングリ派・カルヴァン派・再洗礼派イギリス国教会派聖公会)がある。このうちツヴィングリ派とカルヴァン派の教会はブッツァーらの西南ドイツ都市の教会とともに改革派教会と総称され,カルヴァン派が改革派教会の主流をなす。ルター派とカルヴァン派が宗教改革期のプロテスタントの2大教派であるが,ルター派はドイツ以外ではスウェーデン・デンマーク・ノルウェー・フィンランド・アイスランドなどの北欧諸国にひろまったのに対して,カルヴァン派はスイス・フランス・ネーデルラント・イギリスなど西欧諸国に流布した。イギリスでピューリタン(清教徒)と呼ばれたのはこのカルヴァン派系のプロテスタントであり,彼らの一部はイギリス国教会による圧迫を避けて,1720年代から新大陸にわたりアメリカ清教主義を形成した。再洗礼派はツヴィングリ派のなかから分派として出現し,幼児洗礼を拒否して信仰告白による成人洗礼を主張した。オランダ・北ドイツにも別派の再洗礼派が形成されたが,その急進主義のゆえに両者ともカトリック教会・プロテスタント主流派・世俗権力によって圧迫され,辺境の地で小教派として生き延びたにとどまる。宗教改革以後のプロテスタントの分派は社会的変動の激しかったイギリスで多く現れ,17世紀初頭に清教主義のなかからバプティスト派が形成されて,アメリカに多くの信徒を得たほか,17世紀中ごろにフレンド会(クェーカー)が,18世紀前半にメソジスト派が形成された。バプティスト派は幼児洗礼を否定して信仰告白者にのみ洗礼を行い,信者間の完全な平等性を実践することを特徴とし,フレンド会は聖霊の体験を至上とし,一定の儀式と教職制をもたず,キリストの教えを全生活に適用して従軍することにも反対する。理性と啓蒙の時代である18世紀に「宗教復興」の担い手となったメソジスト派は,活発な伝道活動によって産業革命期の労働者階級に浸透し,アメリカでも多くの信徒を獲得した。

【教会組織】ルーテル教会ルター派教会)は国家教会として成立し,ドイツの諸領邦では領邦君主が名目上であれ最高監督となり,法律家と聖職者とからなる宗務局が教会統治の最高機関として監督,牧師を統轄した。やはり国家教会であったイギリス国教会でも国王がイギリス教会の最高統治者を称し,カトリック教会の司教(主教と訳される)制をそのまま残した。カルヴァン派教会はルーテル教会やイギリス国教会に比べて,より自律的である。ジュネーヴのカルヴァン派教会では信徒の代表である長老と牧師とで構成される長老会が信徒の信仰生活を監督したが,ジュネーヴの教会制度はほかの地方のカルヴァン派教会でも多かれ少なかれ模倣された。それらのカルヴァン派教会は長老派と会衆派とに分かれる。長老派教会では各個別教会の長老会の代表によって構成される上部組織が教会全体を統制したのに対して,会衆派教会では各個別教会が自主的教会としての完全な権利と責任をもち,ほかのいかなる機関にも従属しないことを強調した。それは16〜17世紀のイギリスにおこった非国教徒系諸教会のなかで成立した。メソジスト教会はこの会衆派教会の組織原理を否定する形で組織された。それは強力な中央統治機関をもちつつ,末端組織である「会」には世俗的職業にも従事する地方説教者を,その上位組織の「巡回区」には専門説教者である巡回説教者を任命して,全国的な規模で大衆を組織していったのである。

〔参考文献〕エミール=G=レオナール,渡辺信夫訳『プロテスタントの歴史』文庫クセジュ,1953,白水社