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●プロテスタンティズム

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 カトリック教・ギリシア正教と並ぶキリスト教の3大宗派の一つ。宗教改革によってカトリックから分離し成立した宗派を源流とし,1529年ドイツのシュパイアー帝国議会で福音主義派の諸侯・帝国都市が神聖ローマ皇帝に抗議(プロテスタティオ)を行ったことからその名がおこった。すでに宗教改革時代にいくつかの分派が形成されたが,近代を通じてさらに多くの分派が現れたために,それらのあいだに統一的な教義を見出すことは困難になっている。しかしルターによって説かれた信仰義認論聖書主義万人祭司主義はそれらの多くに共通する基本的信条といえる。

【基本的信条】信仰義認論とは〈人は信仰によってのみ義とされる〉との信条である。カトリック教会では神の恩恵を得る前提として人に善きわざを求めるが,信仰義認論は救いに値する善きわざを行う能力を人間に否認するとともに,善きわざなしにただ信仰することによってのみ神から恩恵を与えられるとする。したがって信仰者は〈罪人にして義人〉とされるのである。聖書主義とは聖書以外に信仰上の権威を認めない立場を意味する。宗教改革者がローマ教皇の権威を否定したのはこの聖書主義の原理からであるが,プロテスタント教会では「神のことば」である聖書の伝達=説教が教会の生命とされる。中世のカトリック教会が秘跡の教会であったとすれば,プロテスタント教会は説教の教会といってよい。その秘跡に関しては,プロテスタンティズムは聖書に照らして一般に洗礼と聖餐しか認めない。このように聖書を信仰上の最高権威とするところから,プロテスタントは聖書を国語に訳し,それを民衆に近づけたのである。万人祭司主義とは,すべての者が祭司であり,神の前に平等であるとして,聖職者と俗人とのあいだに本質的な違いを認めない考え方である。したがって聖職者は「神のことば」を述べ伝える能力をもつがゆえにその職務にあるにすぎず,カトリック教会におけるように特別な宗教的身分とはされない。プロテスタンティズムでは聖職者は教職者なのであり,ほとんどのプロテスタント諸派が教職の前提として一定の勉学を求め,教職を専門職とするのに対して,一般の職業に従事する信徒のなかから地方説教者を選ぶメソジスト,万人祭司主義を極度におし進めて教職制度を排し,聖霊を受けた信徒に説教を認めるクェーカー(フレンド会)のような教派も存在する。

【倫理】信仰義認論に立つプロテスタンティズムは救いに値する善きわざを行う能力を人間に認めないが,善きわざは神の恩恵を与えられたことの結果であるとして道徳的実践を理論づける。しかしルターは人間の罪深さを強調したので,ルター派では静寂主義への傾向が強かったが,カルヴァンは,神の恩恵を与えられた人間は聖化され,高い道徳的能力を発揮しうると説いたので,カルヴァン派は道徳的実践を重視し,行動主義的であった。カルヴァン派におけるこの道徳的実践の重視と行動主義は,カルヴァンの説いた予定説によっていっそう強められた。神はある者を救いに,ほかの者を永劫の罪に予定したとするカルヴァンの予定説は,信仰義認論に立つ神学の体系化の結果として引き出されたものであるが,カルヴァン派の信徒は,自己の救いへの予定の確信を道徳的実践によって得ようとするにいたったからである。マックス=ウェーバーはルターの職業観(職業を神によって与えられ隣人への奉仕をなす場とする見方)とカルヴァン派の禁欲主義的倫理に着目して,資本主義の精神がプロテスタンティズムの倫理に由来することを説いたが,こんにちではウェーバー説を全面的に承認する学者は少ないものの,プロテスタンティズムが近代の勤労倫理に影響を与えたことは一般的に認められている。