●ブレダの宣言 ブレダのせんげん
ヨーロッパ 英国 AD1660 後期スチュアート朝
1660年4月4日ピューリタン革命で亡命していたイギリス国王チャールズ2世が,復位のためにブレダで出した宣言。穏健派の国王側近エドワード=ハイド(1661年以降クラレンドン伯)の手になる政治的かけ引きの“傑作”といわれ,王政復古に際して危惧される諸問題について寛大な条件を提示した。その主な内容は,[1]今後の議会によって例外とされる者をのぞきすべての人に大赦を与え,この宣言以前に国王に対してなされたすべての犯罪の責任は問わないこと,[2]王国の平和を乱さない限り,信仰の自由を認めること,[3]革命中に行われた土地の売買に伴う諸問題については〈関係者全員に最もうまく正当な満足を与えることができる議会〉が決定すること,[4]マンク将軍指揮下の軍隊の将兵の未払い給料はこれを保証すること。これらの条件は4月25日に開会された暫定議会にはかられて受諾され,5月25日,チャールズ2世はドーヴァに上陸して帰国を果たした。