●フルリ人 フルリじん
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アルメニアを原郷地とし,紀元前3000年紀半ばからメソポタミア北部の山岳地帯に進出し,ウル第3王朝の崩壊につづく数世紀のあいだに北メソポタミア(ヌジ)・アナトリア・シリア(アララフ)に広く分布した民族。前2000年紀半ばに最盛期を迎え,ユーフラテス川中流域のハッラン近郊に首都(ワッシュカンニ,ただし位置は未特定)を置くミタンニ王国を築いた。言語は,セム語・シュメル語・インド=ヨーロッパ語とは無関係で,わずかにウラルトゥ語にのみ近縁性を持つフルリ語を用い,これをメソポタミアから借用した楔形文字で書いた。その宗教作品・法律集がヌジ・マリ・ボアズキョイ・ウガリトで見つけられている。ヒッタイト語の語彙にはフルリ語からの借用が多く認められる。彼らの社会的慣習,とくに家族法は旧約聖書の族長物語にも色濃く反映されている。軍事的には,複合弓と戦馬・戦車の導入が15世紀以降の戦闘を一変させた。ミタンニ国家の覇権は短く,ヒッタイト新王国に滅ぼされたが,これはかえって,フルリ人の近東への拡散を促進した。