●ブルノー=タウト
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1880 ドイツ帝国
1880〜1938 ドイツの建築家。ケーニヒスベルクに生まれた。生地の建築学校を卒業し,1909年に建築事務所を開設した。詩人パウル=シュールバルトの幻想的な詩に影響を受け,鉄の塔(1913)・ガラスの家(1914)などで表現派の代表的な建築家として注目を浴びるようになった。このような彼の初期の建築は,色彩に興味を示した幻想的な詩情に溢れるものであった。中期には,1921年マグデブルグ市の建築技師になり,都市計画に携わったり,集合住宅建設に力をそそいだりして実際面で大きな功績をあげていった。そして,ナチス政権が確立し,1933〜36年(昭和6〜9)の日本に滞在した3年間が,彼の晩年期となった。日本では仙台市と高崎市で工芸技術の指導をしながら,日本の民家・桂離宮・伊勢神宮などを見聞し『日本美の再発見』としてまとめ,日本文化のよき理解者・紹介者となったのである。その後,トルコに招かれて大学教授となったが,1938年イスタンブールで客死した。