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●古田織部 ふるたおりべ

アジア 日本 AD1544 室町時代

 1544〜1615(天文13〜元和1)利休なきあと茶の湯名人として織部流の武家茶道を確立した安土・桃山時代の茶人・大名。美濃の古田重定の子。信長・秀吉に仕え1585年(天正13),従五位下織部正に任ぜられ,織部と称されるようになる。小牧の合戦・九州平定などでの働きがあり,京都西岡で3万5,000石を領する。茶道に近づき千利休に学んで利休高弟七哲の一人となる。師の没後,一流をなし古織流・織部流をなのった。2代将軍秀忠を教え,諸大名にも茶の湯を伝授。茶室や庭園にかかわる織部灯籠の創案者でもある。関ケ原合戦では家康方に属したが,元和元年の大坂の合戦では豊臣方に内通したとの嫌疑をうけ自刃させられた。73歳であった。織部流のその後は古田斎宮を称し4世までつづく。織部の教えをうけた織部系の人物としては,遠州流の小堀政一,近世を通じ系統を維持した清水道閑,それに本阿弥光悦がいる。また,織部が瀬戸で造らせた茶器を織部焼という。