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●フルシチョフ

AD1894 

 1894〜1971 ソヴィエト社会主義共和国連邦の政治家。父親は炭坑夫。15歳で鉛管工となり労働運動に入る。1918年にロシア共産党に入党,内戦には赤軍下級政治委員として参加,1922年労働者学校に入学し,以後党活動に従事。1953年に党第一書記に就任するや,スターリン死後の非スターリン化の方向性を確定した。1958年には首相を兼任している。フルシチョフの政治姿勢にはイデオロギー的な性格が少なく,むしろ政治的プラグマチストとしての面が強い。彼はスターリン死後の内外情勢の激しい変動をそのプラグマチックな資質からいちはやく見抜くと,1956年党大会でスターリン批判の秘密演説を行って非スターリン化の路線を敷き,また対外的にも資本主義国との平和共存路線を打ち出すなど,ソ連政治史に一時代を画す政策を行った。しかし,このようなフルシチョフ路線は,党内の古い官僚層の抵抗,中国共産党との路線対立を生み出していった。1964年,フルシチョフは直接には農業政策の失敗を理由に失脚し,その政治生命を閉じている。

〔参考文献〕S.ダルボット編,タイム=ライフブック編集部訳『フルシチョフ回想録』1972,タイム=ライフインターナショナル

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