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●古川古松軒 ふるかわこしょうけん

アジア 日本 AD1726 江戸時代

 1726〜1807(享保11〜文化4)江戸後期の地理学者。名を正辰(まさとき),通称平二(へいじ)兵衛。字(あざな)を子曜,別号に黄微山人・竹亭。備中国下道郡の新本村の薬種業の家に生まれた。子どものころから地理を好み,長崎に出て蘭学を学んださいには測量が得意であった。諸国を巡り,全国各地にその足が及んだ。各地の地理・風俗・物産史跡をよく観察して歩いたが,1783年(天明3)に修験者姿で山陽・九州地方を歩いたときの記録が『西遊雑記』である。その姉妹編ともいうべき『東遊雑記』は,1788年に蝦夷地と東北地方を幕府の巡見使に随行して回ったときの記録である。ともに民衆の生活を伝える旅行記としてよく知られている。1794年(寛政6)幕命があって,武蔵国の地理を調査。それは『武蔵五郡之図』と『四神地名録』にまとめられた。1795年には故郷の岡田藩(備中国下道郡)の藩主から苗字帯刀を許され士分となって,二人扶持を与えられた。