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●ブリュメール18日のクーデタ ブリュメールじゅうはちにちのクーデタ

ヨーロッパ フランス共和国 AD1799 第一共和政

 1799年11月9日,総裁政府に終止符をうち,統領政府を樹立したナポレオンのクーデタ。総裁政府は流通紙幣の下落をくいとめられず,王党派の反乱の拡大とジャコバン残党の再結集もみられた。1798年5月にはジャコバン議員の当選を取消し,1799年6月には立憲君主派の総裁を退陣させるなどして急場をしのいだが,このあいだ,イタリアの領土をオーストリアに奪われるなど,戦況は悪化した。このためナポレオンは8月22日エジプトを脱出し,シェイエス総裁やベルナドット将軍などと組み,11月9日,元老院で議会のサン=クルー移転を決議させたうえ,反対派総裁を監禁。翌日には両院の停止,憲法制定のための委員会発足を決議。シェイエスらが憲法草案を作成。新元老院に重点をかけたシェイエス案に比し,ナポレオンはドヌーに第一統領の権限を大幅に強めた草案を作らせ,1799年12月25日,人民投票の結果を待たず,新憲法が発効。これより先,シェイエスが,ナポレオン・カンバセレス・ルブランを統領に指名した。このクーデタは,フランス革命の混乱を内部的には収拾したので,革命の終着点とみなされる。ナポレオン自ら,〈これからは革命の歴史を始めなければならない。革命の原則の適用には,実現可能なものだけをみ,思弁的・仮説的なものをみてはならない〉といった。その後,ナポレオンは体制を強化しつつ,1802年に終身執政にし,2年後には皇帝即位により絶対化した。

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