●フリードリヒ=ヴィルヘルム4世 フリードリヒ=ヴィルヘルムよんせい
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1795〜1861 プロセイン国王(在位1840〜61)。フリードリヒ=ヴィルヘルム3世の子。学問や芸術を愛好し,高い教養を身につけていたが,政治的手腕に乏しく,「王座のロマン主義」と呼ばれた。1847年に召集した連合州会で王権の絶対性を唱え,憲法制定を否定したため貴族を初め国民の反感を招いた。1848年ベルリンに三月革命がおこると,革命軍の勝利を簡単に許して憲法制定とドイツ統一を約束したが,翌年4月フランクフルト国民議会の奉呈したドイツ皇帝の帝冠を拒否。一方,ひそかに J.ラドヴィッツを外相に起用して小ドイツ主義的な君主同盟の統一工作を行ったが,オーストリアの反対にあい計画を放棄,1850年オルミュッツ協約でドイツ連邦の復活に同意した。以後,政治的な活動はまったくなく,1858年弟ヴィルヘルム(のちのヴィルヘルム1世)の摂政となった。