●ブリソー
ヨーロッパ フランス共和国 AD1754 フランス王国
1754〜93 フランス革命時代の政治家。ジロンド派の理論家。シャルトル生まれ。ジャーナリスト・弁護士として活躍,『刑法の理論』(1781)を書く。〈財産は盗みなり〉と主張。マリー=アントワネットを批判して投獄されたり,スイス・アメリカ・イギリスなどへ旅行し,自由主義の風潮を身につけた後,1789年パリで「愛国党」の同志となり「フランス愛国者紙」を発行。ブルボン王朝打倒に参画,ルイ16世退位請願書を起草した。ブルジョワ共和主義のジロンド党の代表者として,1791年10月立法議会に選出され,外交問題委員長として活躍。革命時の対同盟戦争は,勝てば革命の拡大,敗けても国王の責任没落につながるとして,開戦論を唱え,ロベスピエールと対立。1792年9月国民公会にも選出されたが,1792年4月開戦の対墺戦局が好転せず,王政廃止,ルイ16世裁判,処刑後,1793年ジャコバン党の権力掌握により,6月逮捕,10月ギロチンの露と消えた。享年39歳。