●フランス料理 フランスりょうり
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フランス料理とは狭義には,フランスにおいてつくられた,古典・中世・現代における料理の総称である。広義には,フランスにおいて古い時代から現代にいたるまでにつくられた伝統的料理法,あるいは地方的特色のある料理法によってつくられた料理,さらにレストラン・家庭によってつくられる料理をいい,さらにフランス風材料・調理法によってつくられた料理を提供する世界各地のレストランの料理,およびフランス的材料・調理法によって世界各国の家庭でつくられる料理を総称する。【歴史】フランス料理が世界の代表的料理の一つとして知られるのは,さほど古い時代のことではない。もともとフランスの土地は,ヨーロッパでも農産物はじめ各種の食糧の豊かな国であった。フランスが国家を形成し,その国策が重農主義をとった時代,フランスはその農産物生産量をもととして繁栄した。豊かな種類の農産物は,それを原料として,さまざまな調理法により,種々の料理を生み出した。しかし流通機構が確立されない時代では,フランスの料理は地方的産物による地方色が強く現れた独自の料理がつくられていたことは当然である。農産物・水産物などの食糧が,保存の技術・流通機構の整備によって国内に行きわたると,フランスの料理は変化に富んだものとなった。しかし特権階級は別として,一般の庶民の食卓はまだ貧しかった。その料理の種類もさほど多くはなく,農産物・水産物の収獲の時期によって食卓の料理は左右された。フランスの中部を流れるロワール川に沿って王侯貴族の王城・城館が経営されるようになると,食卓には,ロワールの豊かな農産物・水産物,そしてブルターニュ海岸などから送られる海産物が料理として現れるようになった。その調理法も専門の料理人によって行われ,彼らが調理上の工夫を発展させていった。しかしフランス料理の発達は,16世紀になっても,イタリアの最も料理の発達したといわれるフィレンツェには比ぶべきもなかった。1533年,フィレンツェのメディチ家から,フランスの皇太子のちのアンリ2世のところに嫁したカテリーナ,すなわちメディチのカトリーヌは,フランスの宮廷がまだフォークさえも使用せず,手づかみで料理を食べ,その料理の内容も粗末であると伝え聞き,数人の腕ききの料理人,数々の調理器具・食器,そして莫大な量の保存のきく料理材料・香辛料をフランスにもたらしたという。このカトリーヌの料理に対する思考により,フランス料理がより向上し,調理法が一段と進歩したのは事実である。太陽王といわれたルイ14世が,ヴェルサイユに王宮を移すと,ここに絢爛たる文化の花が開き,料理も精巧なものになった。大食漢で美食家だったルイ14世が,ヴェルサイユ宮殿のすべての料理人を士官待遇とし,その職務の内容に応じて階級をつけた話は有名である。このような料理人の地位の向上は,必然的に料理の内容をも豊かにした。またルイ14世のあくなき美食志向が,ヴェルサイユ宮殿の料理に多くの変化を与えたこともいなめない。ルイ14世の美食追求は,ヴェルサイユ宮殿に仕向する貴族たちにも大きな影響を与えた。彼らは競って腕のいい料理人を召しかかえ,それを誇ったのである。この風習は地方の貴族・富裕な地主・商人階級にも及んだ。しかし貧しい庶民はこの恩恵にあずかるにはまだ時代が早かった。ルイ14世についでルイ15世も美食家であった。ヴェルサイユ宮殿では連日,王やその家族のため豪華な料理がつくられ,夜ごとに開かれる宴会には,大皿に盛られた数百種類のさまざまな料理がならべられた。このころから料理を食べるための食事中の礼儀作法が定式化された。ヴェルサイユ宮殿の料理は次のルイ16世の代になってますます発達した。1789年に始まったフランス革命は,フランス料理にも大変革をもたらした。フランスにおけるレストランの初まりは,その起源を旅籠(はたご)の食堂とみるなら,きわめて古い時代にさかのぼるが,専門的なレストランの開業はフランス革命をさかのぼることほぼ20年前の1765年ごろ,パリでブーランジュという人が開いたといわれる。ここでは初めコンソメとか,鶏のロースト・オムレツのような簡単な料理だけを出したが好評で,レストランはパリで急速に増えていった。そのようなときにフランス革命によってヴェルサイユ宮廷を追われ,あるいは失脚した貴族のところにいた料理人たちが,失職しパリや地方の職場を求めた。このことはヴェルサイユ宮殿や貴族の館で発達した料理を一般にひろめることになった。庶民もその気があり,ある程度の収入があれば,レストランで優れた料理を味わうことが可能であり,その調理の技術を家庭に取り入れることもできたのである。フランスの宮廷料理はいろいろな形で,その変化をして,広く普及して行った。やがてそれは地方料理にも影響を与える。さらにフランス料理の発達に大きな力となったのは,優れた料理人たちの出現である。その一人,マリー=アントワーヌ=カレームは1784年パリで生まれ,1833年パリで死んだが,彼はそれまでのフランス料理に大いに工夫を加え,料理の味覚にさらに調和を与え,視覚的な美観を高めた。当時の料理はそのサービス・方法が,一品ずつ出されるのではなく,ありったけの料理をテーブルの上に出して飾りつけるのであった。カレームはこの方法に立体的・美的感覚を重要視した手法を取り入れた。すなわち現在の豪華なビュッフェ・パーティの飾りつけの原型である。カレームのこの料理に対する思考は,やがてその弟子ジュール=グッフェ・オーギュスト=エスコフィエのような,優れた料理人によって受けつがれ,さらにその内容を高めた。それからもユルバン=デュボワ・プロスベール=モンタニュ・フィレアス=ジルベール・エドゥアール=ニニヨン・アレクサンドロ=デュメースなどの料理人たちによって一段と進化し,今日のフランス料理の完成をみたのであった。いま一つフランス料理の発達についてみのがせないのは,モーリス=エドモン=サイヤン・ブリヤ=サバランのような真の食通・料理評論家が現れ,料理を批判し評価したことであり,さらにフェルナン=ポワン=レイモンド=オリビエなどの有能なレストラン経営者が現れ,フランス料理の名声を世界的なものにしたことである。豊かな農産物・水産物,優れた料理人・料理評論家・レストラン経営者,これらの要素が一体となって今日のフランス料理をつくり出したといえよう。
【その現実】フランス料理が組み合わせられたコース料理にしろ,一品料理にしろ,一皿ずつサービスされるようになったのはさほど古いことではなく,わずかに200年ほど前からにすぎない。そして今ではフランス料理のサービスには一定のフォルムができている。料理の内容もオードブル(前菜)・スープ・魚料理・鳥料理・肉料理・野菜料理と驚くほど多彩である。今やフランス料理は世界の料理となった感があるが,そのように世界各国の人々にフランス料理が知られたことは,世界各国各地に開かれているフランス料理のレストランを通じてである。フランスの傑出した料理人であるオーギュスト=エスコフィエはこういっている。フランス料理,とくに専門家によってつくられる高級料理は,すべてストック(出し汁)と5種類の基本的なソースから成り立っている。5種のソースとは,ブラウン=ソース・ホワイト=ソース・ベシャメル=ソース・トマト=ソース・オランデーズ=ソースである。そしてこれらのソースは,仔牛の脚肉・成牛の脚肉・ソース原料用牛肉・脂味のないハム・鶏肉・野うさぎの肉・牛乳・バター・にんじん・かぶ・セロリ・リークねぎ・その他の野菜,さらに何種類もの香辛料などの原料が上げられている。しかしフランス料理はレストランにおける高級料理ばかりではない。フランスの各地方でつくられる粗朴な,地方色豊かな料理もフランス料理を構成している重要な要素である。パリにおいてさえ地方名を付けられた料理は多く,人々の嗜好によって食べられている。エスコフィエは先輩から教えられた料理,生まれ故郷で覚えた地方料理,彼自身で考案した新しい料理などを合わせて7,000以上の種類の料理をつくることができたといわれる。またフランスでは各家庭にそれぞれの調理法があり,それを数えれば料理の数と種類は無限であるといわれる。フランスではギド=ミシュランというホテル・レストランのガイドブックがあり,毎年優秀あるいは優良レストランを紹介している。これは身分を隠した調査員が,実際にレストランを食べ歩き,公正な採点をしてこれを発表するものである。この評価はきわめて公正的確で,信用できうる,とされている。前の年に最高級に評価され,三つ星を付けられていたレストランでも,料理の内容が低下すれば二つ星にも,あるいはそれ以下にも下げられるというきびしさである。このようなギド=ミシュランの評価が,フランスにおける大きな話題になるということは,料理に対するフランス人の関心のほどを示すことであるが,同時に世界中の食通を自認する人たちにとっても一大関心事でもある。しかし料理を重要視する思考は,高級レストランや食通と称する人たちのもののみではない。フランスの通常の家庭では金銭的に富裕であると否とにかかわらず,それぞれの家庭料理を大切にしている。フランスの家庭においては,料理はいまでも主婦の重要な仕事であり,家族のために心のこもった料理をつくることは,主婦の誇りでさえもある。しかしフランス料理にも新しい考え方がおしよせている。ヌーベル・キジーヌといわれる新しい料理である。これは複雑化した調理法を根底からみなおし,必要以上の調味料・香辛料を使用せず,料理材料のもち味をできうる限り生かし,料理の量も適量とする,などの傾向である。そのためフランスの一流の料理人たちは一つの思考の方向として,日本の伝統的な懐石料理なども勉強に来るものさえある。その材料の豊かさにおいて,その調理法の精巧さにおいて世界を風靡したフランス料理は,長い伝統を守りつづけながらも,一部では新しい思考を歩みはじめた。フランス料理は今後も,その栄光と名声をもちつづけるであろうが,ここで一つの言葉を思い浮かべる。それは偉大なる料理人,オーギュスト=エスコフィエが弟子たちに残した言葉である,〈単純にせよ〉と。