●ブーランジェ事件 ブーランジェじけん
ヨーロッパ フランス共和国 AD1887 フランス共和国第三共和政
1887〜91 フランスの陸相をもつとめたブーランジェ(1837〜91)が民衆などから広範な支持を得て,クーデタの機会をもたらした事件。1886年1月〜1887年5月,陸相として軍隊の近代化を推進し,1886年2月のドカズヴィル炭鉱ストへの軍隊介入に反対して共和主義者・労働者のおこした,1887年4月のシュネブレ事件にさいしての対ドイツ強硬論でナショナリストの支持・期待を集めた。その強硬論ゆえに1887年5月成立の新内閣から排除され,1888年には退役処分を受ける。しかし現状に対する不満を抱くあらゆる分子に支持されて,ブーランジェは複数の選挙区から下院議員に当選。1888年6月には強大な権限をもつ大統領制への憲法改正を提案する。1889年1月,セーヌ県補選で圧勝,クーデタの期待・噂が高まったにもかかわらず,彼は愛人宅に帰り,ブーランジスム政権はみ果てぬ夢と終わった。ブーランジェは政府の追及を逃れてベルギーへ逃亡し,1891年2月,愛人の墓前で自殺した。