●プラタイアの戦い プラタイアのたたかい
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プラタイアはコリントス湾の東,ボイオティアのポリス。第3次ペルシア戦争(前480〜前479)のサラミスの海戦で大敗したクセルクセスは,陸軍の指揮をマルドニオスにゆだねて急遽アジアに帰った。マルドニオスはマケドニア・テッサリアで越冬し,マケドニアのアレクサンドロスを通じてアテナイに和平交渉を申し入れたが,拒否された。まもなく,パウサニアス指揮下のスパルタ軍がアテナイ軍に合流したので,マルドニオスはプラタイアに布陣し,ここで陸上の決戦が行われた。ヘロドトスの叙述によれば,このときの両軍は,ギリシア軍が1万人のスパルタ重装歩兵を含めて11万人足らず,ペルシア軍が30万人とこれに味方するギリシア人5万人であった。マルドニオスはここで戦死し,彼の最強部隊も崩れてペルシア軍は大敗した。ギリシア軍はさらにミュカレでペルシア軍を破り,イオニア独立の基礎を築いた。プラタイアの戦いで主戦力となったのはスパルタ軍で,彼らはテルモピュライの戦いにおけるレオニダスの仇をここで討ったのである。この戦いにおいて重装歩兵の密集部隊は圧倒的な力を発揮した。