●プラクシテレス
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
この名をもつ彫刻家は古代ギリシアにたくさんいたが,最も有名な人は前4世紀のアテナイの彫刻家親子で,父ケフィソドトスも息子ケフィソドトスも彫刻を業とした。前5世紀のフェイディアスと並んでギリシア最大の彫刻家であり,その名声は古代においてすでに確立していた。プラクシテレスの伝記はいくつかの逸話が伝わるのみであるが,多分前370年と前320年のあいだごろに活躍したのであろう。偉大な芸術家の例にもれず,彼の作とされた作品の数は非常に多く,碑名や文献から知られるだけでも60体以上に達するが,その多くは同名異人の作で,年代に疑問があるように思われる。青銅も素材に使ったであろうが,プラクシテレスは好んで大理石を使い,しかもそれを実に見事に使いこなした名人であった。モチーフとしては肖像も若干はあったであろうが,大半はギリシア神話の神々であった。アフロディテやディオニソスの世界に属する神々やエレウシスの神々が好んで刻まれた。単一の神像のほかに神々の群像も手掛け,礼拝用の神像も多く含まれたように思われる。古代世界で最も評判の高かったのは,クニドス市民のために彼がつくったアフロディテの裸像で,大プリニウスはそれを称賛して,プラクシテレスの最高傑作であるだけでなく,世界最高の傑作であると述べている。ヴァティカン博物館にローマ時代の模刻があり,原作の面影をよく伝えているように思われる。フェイディアスの神像はオリンポスの神々の尊厳を伝えたが,前4世紀のギリシア世界は神々を人間世界に引き降ろし,人間の生の感情の表現を神像に結実させたのであり,プラクシテレスは,いわば時代の旗手であったのである。彼においては,前世紀の直立した神像が心もち身体を傾け,みる人とのあいだに微妙になごやかな空間が形成されるようになる。大理石の表面の仕上げの素晴しさと,そこに表された精神的世界はこの上もなく魅惑的である。同じことは,トカゲを狙うアポロンについてもいえる。少年としてのアポロンが樹の幹に身を寄りかからせて,その上にはうトカゲを刺そうと狙っている構図は,S 字形の基本をアフロディテと共有している。また柔らかな肉体の表現,少し太めのプロポーションに共通性がみられる。古代のパウサニアスの旅行記の記述が発掘の結果と一致したことで有名なヘルメス像については,今日真偽論争が結着をみていない。かつてパウサニアスが眺めたと同じオリンピアのヘラ神殿の遺跡から,1877年に幼児のディオニソスを左腕にかかえ,自分の衣服をかけた樹の幹にその腕をもたせかけたヘルメス像が発掘された。真偽のほどはどうであれ,この彫像をプラクシテレスの一連の作品群のなかに位置づけてもおかしくないほどに,上述の諸作品との共通性が存在することはだれも否定しない。確実に彼の作とされるのは,これら以外にアルレスのアフロディテ像と酒をそそぐサテュロス像などである。