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●麓 ふもと

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 近世初頭薩摩藩は薩摩・大隅・日向3州領域を113に分画し,それぞれに地頭仮屋(私領は領主館)を設け,その周囲に麓という武士集落をつくって外城(とじょう)と号した。平時は地域の行政を掌り,非常時には軍団を形成して地頭(領主)の指揮で動員された。麓には郷士年寄・組頭・横目の三役をはじめ諸役場があり,射場や祈願所・菩提寺・郷社が整備されていた。1615年(元和1)の一国一城令により中世の城は毀し,その城山の麓か,または水陸交通の要衝の平地に立地して,膨大な武士群を屯田させた。陸路の関所・辺路番所・遠見番所・海路の津口番所の警備に任じ,また在郷支配の庄屋や浦支配の浦役・野町支配の部当などはすべて郷士の任務であった。初期は外敵警戒のため居地頭制であったが,1624〜43年(寛永年間)ごろからは島や長島など国境要衝の外はすべて常府の懸持地頭制になった。なお麓の膨大な郷士の圧力により百姓一揆の発生は困難であった。