●踏絵 ふみえ
アジア 日本 AD1629 江戸時代
江戸時代,キリシタン宗徒を検挙するため,十字架や聖像を描いた踏板をさす。キリシタン伝来以後織田信長の保護政策,豊臣秀吉の禁止策の後を継いだ徳川家康は1616年禁止策を続行した。踏絵は,長崎奉行水野忠信が,1629年(寛永6)に初めて行ったと伝えられている。初めは画像が多かったが,のちマリア立像やいばらの冠をつけたキリスト像など聖牌を板にはめ込んだものが使われ,また真鍮でつくられたものなどが現れた。島原の乱(1637)以後,江戸幕府は一段と禁止を強化し,切支丹奉行まで設けるにいたった。踏絵は九州各藩と江戸で行われ,キリシタン禁圧の具として,多くの信徒が捕えられ,処刑された。長崎では毎年正月に必ず行う行事となった。しかし,信者も踏絵のあと改悛の祈祷を行うことで巧みに禁圧の網を抜けたため,時代を下るにつれ効果は弱まった。1858年(安政5),幕府は諸外国との交渉上廃止を余儀なくされた。