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●フビライ=ハン 忽必烈汗

アジア モンゴル国 AD1215 モンゴル帝国

 1215〜94(在位1260〜94)モンゴル帝国第5代,元朝初代の皇帝。廟号は世祖,諡は聖徳神功文武皇帝。チンギス=ハン(太祖)の孫でモンゲ=ハン(憲宗)の弟に当たる。1252年より大理・吐蕃・安南を遠征し,一方淮水以北の中国統治にも優れた治績をあげた。1259年モンゲ=ハンが没すると翌年開平(内モンゴルのドロン=ノール)で即位し,国号を大元と定めた。しかしトゥルイ系と対立していたオゴタイ系のハイドゥ(海都)はフビライ=ハンの即位を認めず,いわゆるハイドゥの乱をひきおこし,この結果,チンギス=ハンの大帝国は最終的には元本国と4ハン国に分裂するにいたった。フビライ=ハンの支配する元本国は国都を燕京(北京)に置き,金・宋両朝の遺制を継承して中国風な政治体制をとり,遊牧国家から大きく転換することに努めた。1279年(至元16)南宋を討滅して全中国の統一を完成すると,集権的支配体制はさらに進み,一方,東南アジアの諸国を遠征し,朝鮮半島の高麗を属国とするなど,外部的にも発展した。しかし2度にわたる日本遠征は失敗した。モンゴル風と中国風との2面的性格をもった元朝政治の基本体制は,フビライ=ハンの時代にほぼ形成されたものである。