●不平等条約 ふびょうどうじょうやく
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条約を結んだ両国の関係が,法権や税権など対等でない内容を規定した条約をいう。19世紀にアジアに進出した欧米列強は,キリスト教文明国以外の法律・裁判を信ぜず,中国・シャム・日本などに対し特権をもつ条約を結んだ。【不平等条約の起源】中世後期,イタリア・フランス・スペインなどにおこった商業都市から,中近東・アフリカなどの各地に居住地をかまえた商人たちは,領事(コンサル)を選任して,自治のもとに商業に従事した。東方イスラーム国家では異教徒であるヨーロッパ国民を,回教の国内法で保護することは避けようとし,オスマン=トルコ帝国はカピチュレーションと呼ばれる条約で,ヨーロッパ諸国に恩恵的に特権を与えた。これは1535年,フランスとの条約が最初とされイギリス・オランダなど各国にも及んだ。これらの条約により,キリスト教国民はトルコ領内での居留(きょりゅう)と通商の自由が保障され,選任された領事が駐在して,民事・刑事上の裁判権を行使する領事裁判権が認められた。1709年,フランスはペルシアからも同様の特権を得て,のちモロッコ・キプロス・マダカスカル,アジアではシャム・アンナンなどと不平等条約を結んだ。
【中国】アヘン戦争に敗北したので,清国は1842年南京条約で上海など5港のイギリスへの開港を余儀なくされた。翌年イギリスとの虎門寨(こもんさい)追加条約,アメリカとの望厦(ぼうか)条約および1844年フランスとの黄埔(こうほ)条約によって,欧米諸国は領事裁判権,最恵国条款,関税・通過税の協定などで,清国に不利な条項をいっそう明確に規定した。1858年,アロー戦争(第2次アヘン戦争)で英仏連合軍に敗北した清朝は天津条約を結び,列国に内地旅行権などを認めた。
【琉球】1844年から英仏軍艦が来航し,通交を求めていたが,ペリーが日本渡来に際して,1854年に結んだ米琉条約は,合衆国船舶と人民の優遇を定めた。これに比べ,1855年,フランスとの条約には,犯罪人をそれぞれ本国側に引き渡す条項があり,オランダとの条約(1859)は片務的な最恵国条款を含んでいた。
【日本】1854年(安政1)の日米和親条約(神奈川条約)は片務的な最恵国条款はあるが,領事裁判権の規定はなく,不平等条約として本格的とはいえないが,その端緒になった。欧米国家との条約で最初に刑事上の領事裁判権を規定したのは,1856年オランダとの和親条約。同年シャムとアメリカの条約に領事裁判権を規定し,日本と同様の条約を結ぶことを使命として着任したハリス駐日総領事は,翌年下田協約を結び,〈日本人亜米利加人に対し法を犯すときは,日本の法度を以て日本司人罰し,亜米利加人日本人へ対し法を犯すときは,亜米利加の法度を以て,コンシュル=ゼネラール或はコンシュル(共に官名)罰すべし〉と条文に明記した。1858年に結んだ安政5カ国条約(アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスとの通商条約)は,民事・刑事ともに領事裁判権を条文に明示し,関税は片務的な協定制によるなど,不平等条約の形式内容をそなえ,ボルトガル・プロシア・スイス・ベルギー・イタリア・デンマーク各国とも,ほぼ同様の条項のある通商条約を結ぶ。そのうえ,1866年(慶応2)仏英米蘭4国(のちポルトガル・ロシア)と改税約書を結び,天津条約なみに一律5%の低関税に押さえられた。明治政府は旧幕府から以上の諸条約を継承し,さらにスウェーデン=ノルウェー・スペイン(1868)などと修交し,1869年にはパークス英国公使の仲介により,オーストリア=ハンガリー国とのあいだに,不平等条項の最も完備した修好通商航海条約を結んだ。日清修交条規(1871年調印)は対等条約だが,西洋列国なみの内地通商権を日本に認めなかった。
【朝鮮】李朝の鎖国政策に対し開国を実現させた日鮮修好条規(江華条約)で,日本は片務的な領事裁判権を得たが(1876),アメリカ(1882)・イギリス・ドイツ(1883)など,各国も同様に不平等条約を結んだ。日露戦争時から3回にわたる日韓協約(1904,05,07)により,日本は韓国の外交権・内政権を収め,1910年(明治43)併合するにいたった。
【不平等条約の解消】条約改正を達成して,日本は1899年(明治32)法権の回復をとげ,外国人居留地を廃止し,1911年には,関税自主権も完全に確立した。中国では,第一次世界大戦中に不平等撤廃運動が激化し,租界の回収も強く要求したが蒋介石の北伐が終わった1928年に,関税自主権が正式に回復され,翌年から治外法権の撤廃交渉を始めた。日本は1937年満州国との条約,1940年日華基本条約で,満州国・中国における治外法権を撤廃したが,英・米両国など連合国側が第二次世界大戦遂行の必要からも妥協し,1943年に領事裁判権など特権を放棄し,中華民国と対等条約を結んだので,租界制度は事実上消滅した。
〔参考文献〕植田捷雄『東洋外交史(上)』1969,東京大学出版会
坂野正高『近代中国政治外交史』1973,東京大学出版会
稲生典太郎・大山梓「近代東アジアにおける不平等条約体制の成立」(中央大学文学部紀要 史学科28),1983