●仏国寺 ぶっこくじ
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韓国,慶尚北道慶州市の郊外16kmにある吐含山南麓の新羅時代創建の名刹。伝承によれば,新羅第23代の王,法興王がその27年(540),妃のために建てた華厳法興寺がその最初。751年(第35代景徳王の10年)に至り宰相金大城が大々的に重建した。現在に残る石造の遺構はほぼその時のものである。また,この寺の背後,吐含山上にある石窟庵(石仏寺)もそのときの創建。以後いくどかの修築があったが,1593年(李朝の宣祖26年),壬辰倭乱(豊臣秀吉の侵略)のとき戦火により木造部分を焼失。1659年(孝宗10)再建されたが,旧時のものには到底及ばなかった。ただ石造遺構を通して創建当時の伽藍をしのぶことができる。正面には紫霞門があり,その前に石造の青雲・白雲二橋がある。紫霞門の左右には歩廊があり,北折部には画廊のみ遺り法影楼という。もとの金堂に当たる所には大雄殿があり,そのなかには銅造釈迦像がある。大雄殿前の広場には,東には多宝塔・西には釈迦塔(無影塔ともいう)がある。両塔ともに新羅石造建築の白眉である。全体の伽藍配置は,いわゆる東西に西塔を配する日本の薬師寺式伽藍配置と一致している。ほかには大雄殿の背後に無説殿があり,側門としては安養門がある。そこには蓮華・七宝の二石橋がある。極楽殿のなかには銅造阿弥陀如来座像がある。