50音順    検 索

●プチャーチン

NIS諸国 ロシア連邦 AD1803 ロシア帝国

 1803〜1883 ロシア海軍元帥・伯爵。ラクスマン・レザーノフに次ぐ第3回遣日使節。1853年(嘉永6)旗艦パルラダ号ほか3隻の黒船を率いて長崎に来航,日露通商・国境制定の件で,幕府全権筒井政憲(まさのり)・川路聖謨(としあきら)らと会談を重ねた。翌年ふたたび下田に来航,安政元年(1855)の地震・津波で旗艦ディアーナ号が大破した。老中阿部正弘・韮山代官江川恒庵はロシア人の救難を命じ,日露両国の協力で伊豆西岸戸田(ヘだ)村において洋式帆船が建造された。同年12月に日露修好条約を結び,千島列島のウルップ島以北を露領,エトロフ島以南を日本領と定め,樺太島は国境を設けず日露共有の地と定めた。安政5年(1858)にも下田に来航し日露修好通商条約を結び,清国とは天津条約を締結した。翌1859年に海軍大将に昇進,また日露国交・友好に貢献した功績によって明治14年(1881)日本政府から勲一等旭日章が贈られた。