50音順    検 索

●藤原元命 ふじわらのもとなが

アジア 日本 AD 

 生没年不詳。平安中期の官人。その名は「モトヨシ」と訓む説もある。魚名流藤原氏で,父は正5位下肥前守経臣(一説には従4位下山城守国隣),母は周防守源致の娘。異母兄に従5位下右少弁雅材がいる。また花山天皇のとき藤原義懐とともに権勢を振るった蔵人惟成は叔父にあたる。986年(寛和2)式部丞から尾張守に転じたが,二年後の988年(永延2)11月8日,同国の郡司・百姓らからその苛政を中央政府に訴えられ解任を求められた。訴状(尾張国郡司百姓等解,尾張国解文と略称される)によると,元命は規定以上の官物・租税を徴収し,農民を不法に使役し,池溝修理料など必要経費を支出せず,国の役人の給与を支払わず,郡司・百姓らの訴えに耳をかさないなど非法の限りを尽くしたという。百姓らの訴えは受理され,989年(永祚1)2月5日の除目で元命は解任されたが罪に問われることなく,995年(長徳1)の吉田祭の上卿を務めている。