●藤原時平 ふじわらのときひら
アジア 日本 AD871 平安時代
871〜909(貞観13〜延喜9)平安前期の公卿。藤原基経の長男。886年(仁和2)内裏において光孝天皇の加冠で元服し正五位下を授けられ、以後累進して897年(寛平9)大納言に任ぜられた。次いでこの年、宇多天皇が醍醐天皇に譲位するにあたり、時平と権大納言菅原道真の両人に勅して、新帝幼少の間、大政を宣行すべしと命じた。さらに時平は左大臣、道真は右大臣に昇進して天皇を補佐したが、901年(延喜1)道真が失脚して九州に配流された後は時平が朝廷の首位を独占し、荘園整理その他の新政を推進した。909年(延喜9)4月4日39歳の壮年で病没、その第宅により本院大臣と称された。時平は『大鏡』に〈やまとだましひなどはいみじくおはしまし〉と称揚されているように、判断力・政治力の優れた人物であったが、没後道真失脚の責任を負わされ、藤原氏の嫡流を弟の藤原忠平に奪われたのも道真の怨霊によるものと喧伝された。
