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●藤原佐理 ふじわらのすけまさ

アジア 日本 AD944 平安時代

 944〜998(天慶7〜長徳4)摂政太政大臣藤原実頼の孫,左近衛少将敦敏の子。961年(天徳5)18歳で従五位下となり,以後蔵人・弁官・内蔵頭などを歴任し978年(天元1)に参議に昇進し,991年(正暦2)に参議を辞めて大宰大弐に転出している。大弐在任中に宇佐八幡宮の神人らと紛争事件を起こしており,地方官として多少適格性を欠いていたようである。名門の出として官位は余り振るわなかったが,書にすぐれ,摂関期における代表的な書家として小野道風藤原行成とともに三蹟と称されている。佐理の書を佐蹟と言い,京都六波羅寺の額を書いたり関白藤原道隆の東三条第の障子に和歌を書いたりしている。伊予国三崎神社の額も佐理の手によるとされ,大宰大弐をやめ京都への帰途,夢中における神の求めに応じ書いたという。そのためそれまで荒れていた海が急に穏やかになったと伝えられている。死去したとき55歳,前参議兵部卿であった。その女も能書家として知られていた。