●藤原清衡 ふじわらのきよひら
アジア 日本 AD1056 平安時代
1056〜1128(天喜4〜大治3) 平安末期の奥州武将,平泉藤原氏初代。藤原経清の子。母は安倍頼時女。父経清は,1047年(永承2)すなわち前九年の役が始まる4年前には,陸奥国司の一人として国政に当たった官人である。しかし任期後も現地に留まり俘囚長安倍氏の婿となって土豪化した。清衡は藤原と安倍の間の子として,政治的にも“中央と地方の間”を生きる複雑な性格の人になる。前九年の役後,母が清原武則の子清原武貞の後妻になると,連子として父を殺した清原のもとで成人する。後三年の役が起こると,初め源義家に対抗していたが後これと結んで清原を倒し代わって奥羽の支配者になる。磐井郡平泉に館を移し衣関山の地に中尊寺を営み,法華経による地上極楽を実現しようとして皆金色文化を創造した。平泉は畿内の都以外,地方に営まれた最初の地方人による都として新しい時代を開く転機になったものである。〔参考文献〕高橋富雄『藤原清衡』1971,清水書院
同『平泉』1978,教育社