●藤原京 ふじわらきょう
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日本古代の宮都の一つ。大和国のいわゆる大和三山−−畝傍(うねび)・香久(かぐ)・耳成(みみなし)−−に囲まれる場所にあった。平城京遷都前,694年(持統8)から710年(和銅3)に至る,持統・文武・元明の三代の天皇の皇居所在地。大和平野を南北に延びる,中つ道・下つ道に東西を区割され,左右京それぞれ4坊12条の条坊制で設定された日本で最初の本格的な都城である。薬師寺・大官大寺などの壮大な寺院も京内に存した。藤原京の時代には大宝律令が編纂されるなど中国文化の摂取が盛んで,宮都もまた唐の長安城あるいは北魏洛陽城を模して造営された。藤原京以前では天皇一代ごとの遷宮が原則であったが,ここに至って恒久的な建築が設けられ朝堂の正殿たる大極殿も成立した。1966年(昭和41)以来の発掘調査でしだいにその規模が明らかとなり,また数多く出土した木簡は貴重な史料として古代史の解明に大きく貢献している。