●不受不施派 ふじゅふせは
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日蓮宗の一派で,法華経の信者でないものからの施しを受けず,法華経の僧以外の者へは財物を施さないことを信条とする。京都妙覚寺の日奥(1565〜1630)を祖とする。1595年(文禄4)豊臣秀吉の営んだ大仏殿の千僧会出仕をめぐり日奥の不受施論と本満寺日重の受施論が対立し,さらに1599年(慶長4)徳川家康の面前でその教義を開かれた時も不受施論を変えずそのため対馬に配流された。対馬在島14年で許され同時に不受不施弘通の許しを得た。しかし,17世紀後半になって江戸幕府は不受不施派を禁止し,寺院も寺請を停止され弾圧された。しかし,不受不施派の人々は地下に潜るなかで江戸時代を過ごし,1876年(明治9)になって釈日正の代に派名と宗意の公布を許された。そして岡山県の妙覚寺を本山とするに至った。