●伏見城 ふしみじょう
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豊臣秀吉の二城と,徳川家康の一城の三城ある。秀吉は大坂城を秀頼に与え,隠居所として1594年(文禄3)から伏見指月に城を築いた。奉行は佐久間政実であった。五重の天守の下に大広間・小広間等の御殿が建ち並び御茶屋の建つ山里丸があった。この城は1596年閏7月13日の大地震で崩壊した。二度目の造営は,場所を木幡山に移して地震の翌日から始められた。天守の下の大広間は千畳敷きと呼ばれ,豪華な御殿であったと伝えられている。この城にも山里丸があった。秀吉が1598年(慶長3)8月18日にこの城で死んだ後,1600年8月1日に落城した。三度目は徳川家康による。藤堂高虎が奉行を勤め1602年から造営された。淀城から移した天守の下に広間等が並ぶ本丸御殿があった。1617年(元和3)に修築されたが1619年に壊され,大坂城・二条城等に石垣や天守等の主要な建築が利用された。