50音順    検 索

●ブーゲンヴィル

AD 

 1729〜1811 フランスの航海者。パリの生まれ。弁護士の資格をとり24歳で軍隊に入った。1756年に七年戦争が起こるとカナダでモンカルム将軍の副官を務め,フランス人およびインディアン戦争でイギリス軍と戦い,のち欧州に転戦(1761〜63)し戦功があった。1763年陸軍から海軍に移った。1764年許可を得て大西洋を航海し,フォークランド諸島ブール=サン=ルイにフランス植民地を建設した。しかしスペインが先取権を主張したため,1766年同植民地の引渡しを命じられかつ引渡し後世界を一周する探険航海を許された。12月科学者たちを同行してモンテビデオを出発,マゼラン海峡を通過,タヒチ島・サモア諸島(ブーゲンヴィルはナビゲーターズ諸島と命名した)・ニューヘブリディーズ諸島を経て南太平洋を横断,ヨーロッパ人未踏の海に入った。グレート=バリア=リーフの周辺まで近づいたが,オーストラリアを視認するに至らず北に転じ,ソロモン諸島の外縁を通ってニューブリテン島に到着した。部下は壊血病に苦しみ船は再艤装を必要としたため,1768年9月モルッカ諸島のバタビア(現在のジャカルタ)に寄港した。1769年3月フランス人としては最初の世界一周航海を成し遂げ,7名の部下を失っただけでブルターニュ地方のサン=マロに帰還した。1772年ルイ15世の秘書となり,イギリスとの戦争が再開するとフランス西インド艦隊の一艦を与えられしばしば戦闘に従事しアメリカ独立を支援した(1779〜1782)。1782年4月マルチニク島沖でフランスが敗れると軍法会議にかけられた。戦後退役し1783年アカデミー=フランセーズ会員となった。1790年ブレストで反乱が起こると鎮圧のため中将として海軍に復帰した。1792年虐殺を避けてパリを脱出ノルマンディーの屋敷に住んだ。1796年フランス学士院の会員に選ばれた。1803年ナポレオンにより上院議員・伯爵に任命されレジョンドヌール勲章を授けられた。ソロモン諸島の最大の島ブーゲンヴィル島・ニューヘブリディーズ諸島のブーゲンヴィル海峡ブーゲンヴィレアの木は,その名に因む。1811年8月栄誉につつまれて死去。