●苻堅 ふけん
アジア 中華人民共和国 AD338
338〜385 (在位357〜385)中国,五胡十六国の前秦第3代の皇帝,字は永固,一名,文玉。諡は宣昭皇帝。廟号は世祖。初代皇帝苻健の甥。2代皇帝苻生が暴君であったため,群臣の擁立を承けてこれを殺し,357年(永興1)帝位につき大秦天王と称した。博学多才であり,名臣王猛の輔佐を承けて内政を整備し漢人名門からも支持を得て前秦の全盛期を築いた。長安より各地に通ずる道路を建設したことや,農業振興策を実施したことは重要である。外征に関しては,370年(建元6)前燕を,376年には前涼を討滅し,華北全般および四川から西域にまで勢力を伸ばした。この情勢下において,さらに江南の東晋を征服して天下統一の雄図を達成しようとし大軍を南下させたが,383年ヒスイ※注1※の戦いで敗退し前秦の軍事力は崩壊して華北は再び混乱状態となった。彼は姚萇に捕えられ幽閉されて自害し,その一族もやがて後秦の攻撃により滅亡した。
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